2013年2月4日月曜日
上杉隆氏のベルリン講演と「IAEAとWHOのさるぐつわ協定」後編 .
http://tkajimura.blogspot.de/2012/04/iaeawho_18.html
後編を続けます。かなり回りくどいジャーナリストらしくない記述になり申し訳ないのですが、以下は世界と日本の原子力の問題の核心のひとつにふれることです。ですから今回は、大学の授業であると考えて我慢してお読みくだされば幸いです。
その前に、ちょうど前回でドイツ公共海外向け放送DW(ドイッチェヴェッレ)が講演会に取材に来ていたと書きましたが、先ほどそれが同放送の報道で確認できました。
ひとつは→"Nichts ist unter Kontrolle in Fukushima"「フクシマは全くコントロールされていない」 という、ベルリン講演のルポです。
この記事では、この放送局の日本語放送で長年活躍した、知る人ぞ知る永井潤子さんの感想やプッルグバイル博士のフクシマへの深刻な憂慮などが入念につたえられています。
驚くべきことに、さらに栗原雅美さんの通訳による上杉氏インタヴュー→"Die Lüge hat System"「嘘のシステム」までがあります。ここでは上杉氏はTBSなどの自己検閲についても話しています。
おそらく、上杉氏はまだ自覚されていないでしょうが、この報道は大変な影響があります。
実は、わたしも1990年代の後半に数年間、DWの日本語放送で永井潤子さんのお手伝いをしてベルリンから放送した体験があります。同放送の日本語放送はその後、世界政治情勢の変化で廃止され今はありません。
また、それが何故かは背景を詳しくは説明しませんが、この国際放送はNHK国際放送よりももっと事実上の国営放送なのです。すなわち、この放送の内容はドイツ政府の見解をそのままでは ないにしても、大きく反映しているとみなされています。もっとも検閲はありませんが。ですから、上杉氏の講演と、インタヴューがこれほど念を入れて報道されたことに、いまごろ霞ヶ関の外務省と、ベルリンの日本大使館は間違いなくショックを受けているでしょう。民間のメディアとは、影響力はともかく質が異なるからです。
さて、本題です。ベルリンでの講演のなかで上杉氏はプロジェクターを使い、首相官邸のホームページにはチェルノブイリの事故と福島事故を比較して→次ぎのような政府見解がいまだに掲載されていることを示し 、日本政府がいかにフクシマを過小評価しようとしているかを指摘しました。そこにはこうあります:
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チェルノブイリ事故との比較
平成23年4月15日
チェルノブイリ事故の健康に対する影響は、20年目にWHO, IAEAなど8つの国際機関と被害を受けた3共和国が合同で発表(注1)し、25年目の今年は国連科学委員会がまとめを発表(注2)した。これらの国際機関の発表と東電福島原発事故を比較する。
原発内で被ばくした方*チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
*福島では、原発作業者に急性放射線障害はゼロ(注3)。
事故後、清掃作業に従事した方*チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
*福島では、この部分はまだ該当者なし。
周辺住民*チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算さ れているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに 15名が亡くなっている。福島の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超 える牛乳は流通していないので、問題ない。
*福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない。
一般論としてIAEAは、「レベル7の放射能漏出があると、広範囲で確率的影響(発がん)のリスクが高まり、確定的影響(身体的障害)も起こり得る」としているが、各論を具体的に検証してみると、上記の通りで福島とチェルノブイリの差異は明らかである。
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Frau Dr.Adelheid Lüchtrath
この見解を信じ込むと、誰でもフクシマ事故はチェルノブイリより比較にならないような、ほとんど危険性のない「安全」なものと考えるでしょう。
さて、質疑応答でひとりの女性が立ち上がり、次のように述べました。
「わたしは、日本語が読めないのですが、示された資料でWHO, IAEAという文字だけは理解できます。日本政府だけでなく世界の大半の政府が放射線被害を矮小化する公式見解をとっているのは、そもそも1959年にこの二つの国連機関が情報を隠蔽する協定を結んだからなのです。ほとんどのジャーナリストもまだこの事実を知りませんので、指摘しておきます」
この方は写真のように、またアーデルハイトという名前からしても、まるでアルプスの少女ハイジが年配になったような健康そのものの人物です(ハイジの本名はアーデルハイトであるとの説があります)。実際はアーデルハイト・リュヒトラートさんはベルリンの反原発運動では古株の女医さんで、中国式の鍼や漢方治療の資格も持つ現役の開業医師です。わたしは幸いなことに今のところはまだお世話にはなっていませんが。もちろんこの講演会を主催した団体のひとつ反核医師の会の活動家でもあります。
日本の反核医師の会について
少し回り道になりますが、本題に入る前に日本の反核医師の会について述べておきます。 前にここでで報告しました今年の初めにあったべルリンでの→松井英介医師の講演会で、わたしはこのように書いています:
質疑応答では、ノーベル平和賞受賞団体の反核医師の会(IPPNW)の医師から「我が組織の日本セクションはフクシマ事故に関してはあまり活発ではないが、なぜか?」との、日本人の医師にとっては実に耳の痛い質問もありました。
この質問をしたのがリュヒトラート医師です。 そこには、松井医師の回答が書いてないので補足しておきます。
松井氏は「そのとおりですが、日本の反核医師の会は二つあります。ひとつは保守的な日本医師会の医師が多いそれと、もうひとつは革新的な保険医の多いそれです」と答えています。これを聴いて、そのあと彼女はプルッグバイル博士たちと「ドイツの医師会も保守的だからね」などと話していましたが、それでもわかりにくい様子でした。
それは当然なのです。長年の核兵器廃絶活動でノーベル平和賞を受賞した正式名称→「核戦争防止国際医師会議IPPNW」の本部は→これです。そして→日本支部は広島の医師会内にあります。
ところが、略称である→「反核医師の会」は日本では別の組織で東京の保険医師団体内にあります。英文名称は"Physicians Against Nuclear War"(英文略称"PANW")であり、定款でも「IPPNWの活動に協力する」とあります。脱原発関して活発であるのはこちらの方です。
このようにわかりにくいことになっている大きな背景には、例えば被爆者団体ですら冷戦構造と中ソ論争をを背景に二つに分裂し、冷戦後のいまでもそのままであるために、脱原発運動にまで影響を及ぼし、結果としては反戦平和運動の足を引っ張り続けている日本に特有の頭の痛い問題があります。わたしのように部外者から見ればこれは「医者の慢性病」であるように見えます。
今年の夏には久しぶりにIPPNWの世界大会が日本の広島で開催されますが、脱原発がどのように扱われるか注目されます。この問題は原発廃止を願う世界中の医師たちの悩みの種でもあるのですから。
「IAEAとWHOのさるぐつわ協定」 さて、本題であるリュヒトラート医師の今回の指摘に戻ります。 彼女が読めないにもかかわらず首相官邸の見解を見て鋭く指摘した問題です。
以前わたしは、6年前の2006年に書いた「週刊金曜日」の記事を再録し→「IAEAは犯罪組織である」とのドイツ反原発運動からの指摘があることを、プッルグバイル博士とのやりとりで紹介しました。そこには以下のような記述があります。
「現在のイランの核問題でもわかるように、IAEAが核兵器不拡散に果たしている役割 は確かに大切。だが、この組織はその規約の第一条に明記されているように『世界中で核エネルギーの平和利用を促進する』目的をもち、第三条では『得た情報 に対する一定の制限も必用である』とあります」
「つまり、原発推進の目的のためなら情報を隠しても良いとの規定もあるのでこの報告書も規約違反ではないというわけですね」
このやりとりの正確を期すために以下訂正し補足しておきます。ここで指摘されている「規約」とは、正しくは1959年5月28日に締結された「国際原子力機関-IAEAと世界保険機関-WHOとの協定」のことです。
そこで、この協定の日本語訳を日本政府の関連官庁のサイトで探してみましたが見つかりません。国連機関の重要協定の翻訳がないわけはないのですが、政府の都合に悪いのでネットで公開せず隠しているのでしょう。実はこの協定は締結から40年以上も隠された秘密協定だったのです。その存在が明らかになったあとも、いまだに隠蔽するのは笑うべきことです。
ところがなんと、ネット上で唯一見られる→同条約の翻訳は市民放射能測定室のサイトの資料室にありました。さっそくPDFで拝見しますと非常に優れた翻訳です。そこで直ぐ連想したことは、ドイツのNGO「エコロジー研究所」の創立当時のことです。ここから多くの人材がでて、今では環境庁などの多くの分野で活躍しています。脱原発を実現したひとびとのひとり→ミヒャエル・ザイラー氏などです。おそらく市民放射能測定室からも脱原発した日本を担う人材がでるでしょう。細野環境大臣のように原発ロビーに洗脳されないような知性のある人材が。
昨年から市民の手によって全国に立ち上がりつつある放射能測定室については、最近、守田敏也氏による『世界』4月号に「放射線防護で市民と科学者が立ち上がった」との優れたルポがあります。この寄稿の要旨はさっそくドイツ語に翻訳され、上杉氏講演会場でも配布されたドイツ放射線防護協会の機関紙「Strahlentelex/放射線テレックス」4月5日号に掲載されています。
さて、そこで協定の最も問題があると指摘されている第3条の翻訳と英文原文は以下の通りです。全文は上記の市民放射能測定室の資料庫からご覧下さい;
国際原子力機関(IAEA)と世界保健機関 (WHO)の間の協定
第 III 条 情報と文書の交換
1. 国際原子力機関と世界保健機関は、提供を受けた機密情報の保護のために、何らかの制限を適用する必要があると判断する場合があり得ることを認める。このため両機関は、本協定内のいかなる規定も、その情報を保有する側が、そのような情報を提供した加盟国等の信頼を損ねたり、自らの機関の業務の正常な遂行を阻害する可能性があると判断するような情報の提供を求めていると解釈されてはならないことに合意する。
2. 機密資料の保護のためにこのような取り決めが必要になる場合があり得るとの前提の 下で、国際原子力機関事務局と世界保健機関事務局は、双方が関心をもつ可能性のある活動計画や事業計画について充分な情報を相互に提供するものとする。
3. 世界保健機関事務局長と国際原子力機関事務局長、またはその代表者は、いずれかの側から要請があった場合には、相手が関心を持つ可能性のあるそのような特殊情報をいずれかの側が提供することについての協議の場を設けるものとする。
AGREEMENT BETWEEN THE INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY
AND THE WORLD HEALTH ORGANIZATION
Article III – Exchange of Information and Documents
1. The International Atomic Energy Agency and the World Health Organization recognize that they may find it necessary to apply certain lim- itations for the safeguarding of confidential information furnished to them. They therefore agree that nothing in this agreement shall be construed as requiring either of them to furnish such information as would, in the judge- ment of the party possessing the information, constitute a violation of the confidence of any of its Members or anyone from whom it has received such information or otherwise interfere with the orderly conduct of its operations.
2. Subject to such arrangements as may be necessary for the safeguard- ing of confidential material, the Secretariat of the International Atomic Energy Agency and the Secretariat of the World Health Organization shall keep each other fully informed concerning all projected activities and all programmes of work which may be of interest to both parties.
3. The Director-General of the World Health Organization and the Director-General of the International Atomic Energy Agency or their repre- sentatives shall, at the request of either party, arrange for consultations
この長く隠されていたまるで外交秘密文書のような協定を読むと、明らかなになることがあります。第二次世界大戦後の早い時期に、国連に「世界中の人々の健康を保護」するために設立され、非常に有意義な成果を上げてきたWHOの活動を、後からできたIAEAがこの協定で制限をすることです。
文面そのものからは両機構の対等である形式となっていますが、実際には「原子力の平和利用を促進する」ことが目的のIAEAにとって都合の悪い秘密情報をWHOが公表しないようにするための協定です。なぜなら「原発促進」は「健康の保護」と矛盾するからです。そしてこの矛盾の隠蔽を目的としたのがこの協定です。
ところが、チェルノブイリ事故の健康に与える影響に関して、冷戦終結後の1990年代についにこの矛盾と秘密が露呈することになりました。2006年の事故20周年に関するIAEAが招集したウイーン会議の報告があまりにも酷いものであったため、上述の「週刊金曜日」でもプッルグバイル氏が語っているように、IPPNWをはじめ、多くのNGO自然環境保護団体が非難と抗議の声をあげたことはよく知られています。
このとき、ドイツの反核医師の会はIAEAのやり方を→次のように文書で批判しました。
「 WHOはさるぐつわ協定につながれている。WHO内における科学性は、 IAEAによって決定された限界内での非常に狭い枠内にしか存在しない。
Die WHO ist durch einen Knebelvertrag gebunden. Wissenschaftlichkeit existiert in der WHO nur in sehr engen, jeweils von der Internationalen Atomenergiebehörde festgelegten Grenzen. 」
2009年の協定50周年に向けて、ドイツの反核医師の会は独立した医学研究を実現するために→「同協定は破棄されるべきであるとの声明」を出しIAEAなどに抗議行動を行っています。
そして、昨年2011年5月、フクシマ事故で脱原発に方針転換したドイツでは、連邦議会で緑の党会派が連邦政府に対し「独立した効果あるWHOのため政府は同協定を破棄する行動をとるべきである」との→議会提議書を提出しています。
以上いずれもが、上杉隆氏が講演で示した首相官邸が錦の御旗のようにかかげるIAEAのチェルノブイリ事故の影響の評価を、全くの過小評価で科学的に正しくないと厳しく指摘しています。
このように世界ではほとんど信用を失っているIAEAの評価と比較して、フクシマの事故の影響は、それよりもさらに低いとするのが日本政府の認識なのです。このような見解を出しているのは官邸がいまだに頼りにしているニッポン原子力村の村長たちですが(名前は冒頭の官邸HPで確かめて下さい)、彼らを信用する日本人は、さるぐつわをはめられたうえに、さらに目隠しをされたのが現状といえるでしょう。 次にはおそらく耳栓をはめにかかるでしょう。
緑の党の連邦議会提議書にはフクシマ事故後の状態も以下のように指摘され提議の理由のひとつとされています:
「WHOは放射線値を測定するため、それにより日本の人々の身体と生命の危険を測定するために、原子炉の周辺に独自のチームを派遣していない。そのため、独立して実施された測定値も存在しない。人々に提供されている測定値は原子炉事業主の東電とIAEAによるものであり、部分的に偽りがありまた粉飾されている。WHOによる独立した調査は、チェルノブイリでもフクシマでも実行されてはいない。このような持ちこたえられない状態は終結されるべきである。
Zur Messung der Strahlenwerte und damit der Gefährdung von Leib und Leben der Menschen in Japan und rund um den Reaktor hat die WHO kein eigenes Team vor Ort. Dadurch gibt es auch keine unabhängig erhobenen Messwerte. Die ihr zur Verfügung stehenden Messwerte stammen von dem Betreiber des Atomkraftwerks Tepco und der IAEO und waren zum Teil falsch und geschönt. Eine unabhängige Untersuchung durch die WHO fand weder in Tschernobyl noch in Fukushima statt. Dieser unhaltbare Zustand muss beendet werden.」
世界中で原発を促進するため、 WHOにさるぐつわをはめ、犬のようにひもをつけている協定が破棄され、WHOが自由に独立した科学的情報を集めて本来の目的に沿って、世界の人々の健康の保護のために役立つ情報を公表できるようになれば、そのときは世界中で原発神話が最終的に崩壊するのです。
原子力発電技術は、たとえ大事故が起こらなくても地球上での生きとし生くるものの摂理に反するからです。人類が自殺するのに自然を道連れにすることなど許されるわけもありません。
(19日追加です。このWHOさるぐつわ協定に関しては、まだまだ日本のメディアがふれておらず、重要な情報があります。いずれ追加して書き込みたいと考えています)
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