2012年9月29日土曜日

原発事故で時間が止まった街~警戒区域・浪江町ルポ(下) http://ameblo.jp/rain37/entry-11364228016.html 片付けられることなく荒れ放題の男性宅。片付けたところで先の見えない放射能汚染。さらに西に向かうと、そこには高濃度に汚染された陶芸の杜と高瀬川があった。そして、3.11のスポーツ紙が色あせて並んでいるコンビニエンスストア。時間が止まった街・浪江町。その汚染の酷さを目の当たりにするほど、住民の悲しみが突き刺さる。ふるさとは本当に、元の浪江に戻ることができるのか.
浪江中学校からほど近い男性の自宅。手入れが できないので荒れ放題(上) 自宅そばではコスモスがきれいな花を咲かせてい るが、放射線量は4-5μSVに達する(中) 庭の雑草に線量計を置くと8μSVを超した. 【原発事故さえなければ暮らせたのに…】 「カビ臭いですけど、どうぞ」 男性(58)は、30年以上住み慣れた家に裏の勝手口から招き入れてくれた。玄関前の庭は雑草が伸びて入れない。敷地内に入るだけで、手元の線量計は5μSV前後を示している。足元の雑草にかざすと8μSVを超した。男性は浪江町から貸与されている線量計を持参していたが、2.5μSVで設定されているアラーム(警報音)はマイカーを降りてから鳴りっぱなしだ。首から下げた線量計を見せてもらうと3.98μSV。私の線量計が高めに測定されるのか、行政が貸与している線量計が低めに出るのか…。 勝手口ではレジ袋を2枚渡された。「靴のまま室内に入っていただいて良いんですが、そうすると放射性物質を持ち込んでしまうのでお願いします」と男性。両足に袋をかぶせて、靴のまま失礼する。 たしかにカビ臭なのかほこりなのか、臭いがきつい。台所はぐちゃぐちゃ、居間も棚から落ちた物が散乱している。男性の部屋はオーディオスピーカーは倒れ、本などがバラまかれたような状態だ。1.0μSVに設定した私の線量計は、室内でもバイブレーションが動きっぱなし。2-3μSVを推移した。町の線量計も反応し続けている。 男性は、持参した工具を使い本棚を解体し始めた。避難先に持っていくという。 「私は何から何まで東電と縁がありましてね。この本棚も昔、東電社宅を解体した時に出た廃材を利用して自分で作ったんですよ。東電関係の仕事もした私が今や、東電のおかげで避難生活を強いられているんですからね。これが浪江町なんです。原発のおかげで雇用が生まれるだの地域が発展するだの言われて、結局は原発のおかげで住むことが出来なくなってしまった。なんという皮肉ですかね」 わずか数十分の滞在。別れを惜しむように、男性は持参したデジタルカメラで撮影し、施錠を確認してわが家を後にする。 「亡くなった方には申し訳ないけれど、いっそのこと津波で流されてしまった方が良かったと思う時もあるよ。放射性物質の拡散さえなければ、今ごろ室内を片付け、部分的に修繕をして、庭の雑草を刈って生活することができるんですから。つらいですよ。自宅は崩れていないのに住めないなんて」 そして、寂しそうに言った。 「もう、ここで暮らすことは無理でしょうね。世界でも珍しい、名前は残っていても人の住めない町。町がそっくり無くなってしまったんだ」 民の声新聞-庭③ 民の声新聞-庭② 民の声新聞-庭① 浪江中学校からほど近い男性の自宅。手入れが できないので荒れ放題(上) 自宅そばではコスモスがきれいな花を咲かせてい るが、放射線量は4-5μSVに達する(中) 庭の雑草に線量計を置くと8μSVを超した(下) 【高濃度汚染の陶芸の杜や高瀬川】 男性にお願いして、少し車を走らせてもらった。 向かったのは陶芸で知られる大堀地区。「山麓道路」と呼ばれる県道35号線の両脇に「大堀相馬焼」と書かれた看板がいくつも立ち、陶芸品の店が並ぶ。手元の線量計は車内でも上昇を始めている。 大堀相馬焼協同組合が運営する「陶芸の杜おおもり」で車から降りる。広い駐車場に止まっている車はない。本来なら陶芸教室などでにぎわっているはずだが、当然ながら人の姿もない。国の設置したモニタリングポストが13μ超の数値を示しているのが見える。男性は「うわー」と叫んであわてて車の窓を閉め、思わずマスクに手をやった。手元の線量計は14-15μSVに達していた。 男性の表情が曇っている。こんな高線量の場所からは一秒でも早く離れたいのは当然だ。私は頭を下げ、さらに車を走らせてもらった。どうしても行きたい場所があった。国のモニタリングポストで町内で最も高い25μSVを計測している「小丸多目的集会所」だ。 しかし車は、高瀬川渓谷の入り口に設置された通行止めの看板によって行く手を遮られてしまった。何とも言えない安堵の表情を浮かべる男性を残し、車を降りる。アユ釣りが解禁されると多くの人が糸を垂れる美しい高瀬川。手元の線量計はここでも、軽く2ケタに達した放射線量を表示している。橋の上で12μSV超、山に続く道の脇では16μSVを超した。この先に25μSVもの高濃度汚染地帯がある。この目で確かめたいが仕方ない。後ろ髪を引かれる思いで男性の待つ車に戻る。高瀬川の流れる音が心地よい。原発事故さえなければ。 ふるさとに戻りたいと願う町民と、高濃度に汚染されたままの町。 これだけ汚染された町に、本当に人が戻ることなど可能なのだろうか。 図らずもふるさとの汚染具合を知ることになってしまった男性の口数が少ない。アクセルを踏む足に力がこもる。道端からイタチがひょっこりと顔を出し、また草の中に引っ込んだ。だが私は、その姿に気づくのがやっと。そのくらい心は乱れていた。浪江の自然は本当に原状回復できるのだろうか。 民の声新聞-おおぼり 民の声新聞-高瀬川 14-15μSVに達した「陶芸の杜おおぼり」(上) 下の写真は高瀬川。美しい清流も原発事故によ って汚されてしまった 【坂上二郎さんの死を報じる3.11の新聞】 ファミリーマート浪江加倉前店は、クモの巣がいくつも張りめぐらされ、大きなクモが新たな主となっていた。真っ暗で商品が散乱した店内が辛うじて見える。店員も買い物客もいない、不気味な廃墟のような店舗。 コメリの反対側にあるローソン浪江加倉店では、茶色く色あせたスポーツ紙が置かれているのが見えた。目を凝らすと、欽ちゃんが鳴いている写真が見える。「飛びます飛びます」の見出し。そこで私は思わず唸った。コメディアン・坂上二郎さんの訃報を大きく扱った3月11日付の新聞なのだ。屋根にとまったカラスが大きな声で鳴いている。その声で我に返る。あの日、14時46分までは普段通りの日常風景があったはずのコンビニ。大地震、そして原発事故による避難で時間がそこで止まっている。 浪江駅近くのショッピングセンター・サンプラザでは、地震の大きな揺れによる傷跡が今も生々しく残されている。 マクドナルドは原型をとどめているものの、店舗前の雑草は伸び放題。反対側のレンタルビデオ店「ゲオ」は外壁の崩落が酷く、店内もCDなどが散乱している。男性が「かなりの数の商品が持ち出されたと聞いた」という電器店は真っ暗のままだが、入り口がベニヤ板で補強されている。これ以上、盗み出されないためだろうか。クリーニング店をのぞくと、店内の張り紙に「3月11日は工場が休みのため当日仕上がりは受け付けられません」と書かれている。 すべてが3.11で止まってしまっている街。 「いくら愛着があったってどうにもならない。どうしようもないだろ」 男性の言葉が哀しい。 「いつまで今のアパートで生活するのか。早く引っ越して落ち着きたい」 本当は、住み慣れた我が家で暮らすのが一番落ち着くのだが…。 民の声新聞-新聞スタンド 民の声新聞-ゲオ コンビニには、茶色く色あせたスポーツ紙が並ん でいた。昨年3月11日付の新聞だ(上) ショッピングセンター・サンプラザ内の「ゲオ」は、 大地震による崩落の跡が生々しく残されている(下)
(主権者国民政権樹立を実現する「フェニックス革命」植草一秀氏から.) http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-f506.html 「失われた3年」を取り戻すために「フェニックス革命」を成就させねばならない。 2009年8月30日、私たち主権者国民は「決戦の総選挙」に圧勝した。 そして、2009年9月16日、ついに日本の歴史上初めて、民衆の民衆の力による民衆のための政権樹立に成功した。 小沢一郎氏が民主党代表に就任して3年半の時間でこの偉業が成就された。 日本の政治構造を刷新する。 米国・官僚・大資本が支配する日本の政治構造を、主権者国民が支配する政治構造に変える。 この壮大な政治刷新が始動し始めた。 民衆は歓喜の渦に包まれた。 しかし、その歓喜の声も束の間のものに終わった。 米・官・業のトライアングル=「悪の枢軸」は、権力奪還に向けて死に物狂いの反抗を開始した。目的のためには手段を選ばぬ猛攻撃が始まった。 この手段を選ばぬ猛攻撃により、維新政権はわずか8か月で破壊されたのである。 これが2010年6月2日の政変だった。 菅内閣の発足、すなわち「第一次ペテン師内内閣」が発足したのである。 そして、2011年9月には野田佳彦内閣、すなわち「第二次ペテン師内閣」が発足して現在に至っている。 政権交代を成就させた原動力である小沢-鳩山ラインは脇に押しのけられ、メディアはこの本来の正統派・主流派勢力を一切報道に載せない対応を示している。 歓喜のドラマは悲劇に一変した。 しかし、ドラマをこのまま終わらせるわけにはいかない。 本当のドラマはここから始まる。 主権者国民が総力を結集して、もう一度政権を取り戻す。 「失われた3年」を取り戻し、 「主権者国民の主権者国民による主権者国民のための政権」 を樹立しなければならないのだ。 その主役になるのは、やはり小沢一郎氏である。 小沢一郎氏を先頭に引き立てての政権奪還を「フェニックス革命」と呼ぶことにする。 人気ブログランキングへ 昨日9月28日、東京池袋の豊島公会堂で、「小沢一郎議員を支援する会」主催のシンポジウム 「小沢一郎政治裁判は何をもたらしたか」 が開催された。会場には500名近くの市民が集結し、主権者国民による政権奪還に向けての熱い思いが存分に論じられた。 「小沢一郎議員を支援する会」の伊東章代表世話人が冒頭にシンポジウムの意義を総括的に話されたのち、「国民の生活が第一」の東祥三幹事長ならびに森ゆう子参議院議員が冒頭に演説をされた。 東祥三幹事長は、政治において何よりも大事なことは主権者である国民の意思を代表して政治を行うことを強調した。「国民の生活が第一」は主権者国民の命と生活を守るため、主権者国民との約束を確実に実行するために、筋を曲げて民主党を離党し、新党を創設したことが、極めてわかりやすく説得力を持って説明された。 森ゆう子参議院議員は小沢一郎氏に対する巨大で邪悪な政治謀略である検察と裁判所による小沢氏人物破壊工作について、真相を明らかにするための政治活動を展開されていることを説明した。 森議員は参議院法務委員会委員として、検察審査会の疑惑を解明するために、法務委員会秘密会の開催を要請し、活動を展開しているが、大多数の政党と国会議員が躊躇して動かない現状を説明された。 国会が国権の最高機関としての役割を果たさぬのなら、国会の存在など有名無実になる。「国民の生活が第一」の躍進により、疑惑の裁判所のベールを是非はがしていただきたく思う。 人気ブログランキングへ 小沢一郎氏が激しい攻撃を受け続けている理由は、小沢氏が日本政治構造の刷新を真摯に追求しつづけていることにある。 米官業利権複合体は、1990年代の前半から小沢氏を第一級の危険人物として攻撃の標的に定めてきた。 1996年には小沢氏攻撃のためのマスメディア横断組織である「三宝会」が創設され、現在に至るまで、メディアによる小沢氏人物破壊工作が展開され続けている。 1993年に野党7会派による政権を樹立した最大の功労者も小沢一郎氏であった。 この政権も激しい攻撃にさらされて、わずか10ヵ月で破壊された。 その後小沢氏は新進党を創設するが、1997年末には新進党が解党され、小沢氏は自由党を創設した。 このとき、メディアは小沢一郎氏の政治生命はこれで終末を迎えると喧伝した。 ところが、自由党は比例区選挙で500万票の基礎票を有し、確実に生き延びたのである。そして、2003年の民由合併を経て、2009年、ついに政権交代の大業を成就させた。 小沢一郎氏は不死鳥の如くに蘇ったのである。 いま再びメディアは、小沢氏の政治生命終局を盛んに喧伝し始めている。 しかし、主権者国民が存在する限り、日本政治刷新の火を消すわけにはいかない。 米官業による日本政治支配の謀略を打ち破り、もう一度、主権者国民による政権奪還を実現しなければならないのである。 小沢一郎氏の不死鳥神話はいまも確実に生きている。 小沢一郎氏を先頭に立てた、民衆による政権奪還を必ず実現させなければならない。 これを「フェニックス革命」と呼ぶこととする。
( 一般社団法人日本経済体連合会 会長様. 脱原発こそ企業の「社会的責任」 原発に依存しない社会の実現を求める書簡)グリ-ンピ-ス,ジヤパンから.) http://www.greenpeace.org/japan/Global/japan/images/press_release/20120925_Keidanren.pdf

2012年9月28日金曜日

(ドイツからのメッセ-ジ.日独共闘!反原発!福島の子供達の疎開を要求する!ドイツの市民が,日本の反原発と福島の子供達の疎開を要求し,日本国民に,支援を送ってくれています.応援の写真です.見てください.)
(ドイツからのメッセ-ジです.日独共闘!反原発!ドイツの市民が,日本の反原発と福島の子供達の疎開を要求し,日本国民に,支援を送ってくれています.応援の写真です.)
最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して(広河隆一より) http://daysjapanblog.seesaa.net/article/294638739.html (最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して) 本人もご家族もどんな思いで医師の宣告を受けたのだろうか、どれほどの不安と恐怖にさいなまれているのだろうか。せめて医師は患者の身になって告知したのだろうか。それとも事実は学者のデータ管理庫の中にあって、本人家族にはまだ告げていないのだろうか。 チェルノブイリでは、検査の結果は親に伝えられた。しかし多くの親は検査結果を子どもに告げることができなかった。「がん」という言葉は大人でさえ耐えられないほどなのに子どもには重すぎる。 しかし子どもが自分の診断書を見つけて知ってしまうこともあった。子どもが知った後、泣き明かす母親を慰める子どももいた。子どもに襲いかかった事実に、父親が耐えられず、アル中になったり、離婚するケースが相次いだ。母親と子どもが残されたケースも多い。 今回検査を受けたのは18歳以下の8万人だという。その子どもたちの多くは、「自分ももしかしたら」と考えているかもしれない。次の検査で自分が宣告されるかもしれないと考えている子どもも多いに違いない。 権威を振りかざす医師や医師会や自治体や政府が、「安全」を説くのが自分の役割だと考え、子どもが放射性ヨウ素で被曝するのを予防する仕事を放棄した。安定ヨウ素剤を与えると不安をあおってしまい、自分たちがそれまで安全だと言ってきたことが嘘だということになってしまう。事故があり、ベントが決定され、被曝の危険性が高まることが分かっていても、子どもや妊婦のために当然やらなければならないことをやらなかった。 原発事故が起きたらすぐに何をしなければならなかったかは、専門家でなくても誰でも知っている。安定ヨウ素剤を飲むことと、妊婦、子どもの避難である。それを権威者はやらなかっただけでなく、むしろ妨害したケースさえある。ある医師は安定ヨウ素剤を大量に注文した。しかしそれは医師会にストップされた。これら医学界の犯罪は、メディアの犯罪調査とともにまだ手に付けられていない。 この程度の被曝では、安定ヨウ素剤が必要ないと、彼らは考えた。しかし彼らも含め、すべての関係者は、どれほどの放射能が放出されるか知らなかった。医師も政府も東電も分からなかった。そして、安定ヨウ素剤は、放射能が来る前に呑まなければ効果がない。結果的に多量の放射性ヨウ素が襲ったと分かってからではすべて後の祭りなのだ。そうしたことが起こらないように事前に服用するのが安定ヨウ素剤なのである。そんなことを知らない医学者はいない。だから医学者たちが今回行ったことは、判断の間違いというより、犯罪である。 発表された子どもの甲状腺がん発症は、放射能のせいではないと医学の権威者は言う。「なぜならチェルノブイリでは事故から3-4年後になって病気が急増したからだ」という。しかし実際にはチェルノブイリの事故の4年後に、日本の医学者たちは、小児甲状腺がんの多発を認めなかったではないか。「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、これほど早く発症するはずがない」とあの時彼らは言った。彼らは自分たちの知っている知識や経験を超える「万が一」という言葉を嫌う。「万が一」に備えることを恐れる。自分たちの限界を認めたら、学会のヒエラルキーは崩壊する。 しかし親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている。  今回の小児甲状腺がんの発症は、時期が早すぎるため、放射能とは関係ない、つまり原発事故とは関係ないと医学者たちは言う。そして8万人に一人という数字は、ふつうでもありうる数字だと言う。しかしこれまで彼らは、小児甲状腺がんは100万人に一人しか現れないと繰り返し発言していたのではなかったか。8万人に1人発症するのが普通だというなら、福島県の子どもの人口30万人余に対して、これまで毎年平均して3-4人の小児甲状腺がんが現れていたとでもいうのか。そんなデータはあるはずがない。  このただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と良心的医師たちの活動にゆだねられる。そして「万が一」にしろ被害者がこれ以上増えないようにすることに、すべての力を結集すべきで取り組むべきである。子どもたちを守るために。  福島のこども支援プロジェクト「沖縄・球美の里」代表  DAYS JAPAN 編集長
Veröffentlicht am 27.09.2012 von tacc77 小出さん最後のたね蒔きジャーナル出演・

2012年9月27日木曜日

「いま福島の子どもたちに起こっていること」山田真医師.)
(原発事故で時間が止まった街~警戒区域・浪江町ルポ(上)) http://ameblo.jp/rain37/entry-11364232225.html 静まり返った商店街にカラスの鳴き声が響く。駅にも商店にも昨年3月11日を示す張り紙が貼られたまま。コンビニエンスストアには、あの日のスポーツ紙が色あせて並んでいる。時間が止まった街・浪江町。地震で崩落したままの老舗商店、7μSVと高線量の中学校、カビ臭くなってしまった民家…。住民の一時立ち入りに同行し、放射性物質の直撃を受けた浪江町の現在の姿を目の当たりにした。 【住宅街に乱立する怒りの立て看板】 遠くで警察官が止まれと合図をしている。取材に協力してくれた男性(58)=中通りに避難中=が運転する車がゆっくりと止まる。窓を開ける。応対した真面目そうな若い警察官は、岡山県警から応援派遣されていた。浪江町の少し手前、南相馬市小高区に設けられた検問所。町から交付された立ち入り許可証とわれわれ2人の運転免許証に視線を往復させる。確認が済むと「お気をつけてください」と敬礼した。男性はゆっくりとアクセルを踏む。完成したばかりの高速道路のように静まり返った道路。高線量を理由に立ち入りを制限された浪江町に入った。 「飯舘村のように出入り自由になってしまったら、盗みが横行してしまう。実際、浪江町でも原発事故直後に商品を盗まれた商店があると聞いている。コンビニのATMも。だからああやって24時間警戒してくれることはありがたいんだよ」。男性は、遠ざかる警察官たちをバックミラー越しに見ながら言った。 ボウリング場・ナミエボウルの玄関には、従業員が置いて行ったのだろう「いつかきっと!2011.9」と書かれたTシャツが飾られていた。よく見ると、日本地図に各地の原発がデザインされている。「町も住民の生活も潤う」と言われて建設されたはずの原発によって、ふるさとを強制的に奪われた町民の怒り。 怒りは住宅街にもあふれていた。知念寺交差点から幾世橋地区に入ると、赤や黒のペンキで板に力強く書かれた文字に車を止めた。読み人知らずの句などに込められた怨念のようなものが胸に迫る。 「ミンシュトー/民を滅ぼす民死党/はやくなくなれ/セシウムとミンシュ」 「必殺仕事人様、原子力ムラの悪党をやっつけてください」 「原子力危険不安院/原子力寄生虫(庁)/名前を変えても中身は同じ」 住むことを禁じられた町に残された〝民の声〟。 野田総理大臣や原子力規制委員会の田中俊一委員長ら「原子力ムラの悪党」が目にすることはない。言葉を失う私に、同行させてくれた男性は言った。 「浪江町の現状をすべて伝えてください。ありのままを」 民の声新聞-ナミエボウル 民の声新聞-浪江町民の怒り ボウリング場の従業員が1年前に残して行ったTシャツ。 願い通り町に戻ることはできるだろうか(上) 幾世橋地区に立てられていた抗議の看板。政府や原子力 ムラへの怒りが書かれた看板が、何枚もあった(下) 【津波と放射性物質のダブルパンチ】 浪江町に生まれ育った男性が現在の自宅に母親(85)とともに移り住んだのは35年前。8畳3間の平屋建てを自分で建てた。震災でも家が崩落することは免れたが、室内はめちゃめちゃになった。大きな余震が続き、自宅前の空き地に止めた自家用車の中で母親と一晩を明かした。そのまま翌12日の朝7時、町の防災無線で避難が呼びかけられたのを機に、着のみ着のまま逃げた。「まさか1年以上も帰れなくなるとは思わなかった。数日で帰れると思っていたから」。 その自宅に戻る前に請戸橋を通る。この辺りの川は鮭が遡上することで知られており、解禁になると多くの釣り客でにぎわったという。その橋から、遠くに福島第一原発の煙突が見える。原発に向かってきれいに整備された道路の先にそびえる悪魔の塔。 「この辺りは津波で多くの被害を受けた。今、原っぱのように見えるところには家がたくさんあったんだ。俺もビニールハウスを作ったよ。でもね、地震や津波だけならこうして人っ子一人いなくなることはなかった。今頃、みんなで協力して復興に向けて取り組むことができた。でも、あの原発のおかげで住むことができない町になってしまったんだ」 JR常磐線・浪江駅に向かう。十日市で毎年にぎわうという商店街も、今や誰もいない。道路拡張工事のために少し下げて新築したきれいな店舗や住宅に、人が住むことはもうない。工事中を知らせる看板の明かりだけが、いつまでも点灯している。 崩落した店舗の前で車を止める。老舗の印刷店はすっかり原型を失っていた。味噌店「こうじや」は、男性もよく利用したという。「自分の畑で育てた大豆を持ち込んで、よく味噌にしてもらったものだよ。震災前にも大豆を預けたんけど、それきりになってしまったね。ここの味噌は美味しいんだ」。 交差点の真ん中に立つ。360°ぐるっと見渡しても誰もいない。私と男性の声だけがカラスの鳴き声に混じって響くばかり。男性は言った。「真昼間から交差点の真ん中に立つなんてあり得ないだろ?車も走っていない、人も歩いていない。猫一匹、犬一匹いない。これが原発の恐ろしさなんだよ。まるで映画のセットじゃないか。俺はこの姿を保存してほしいと思っているよ。原発事故が起こるとこうなりますよ、ってね」 駅前に「高原の駅よさようなら誕生の駅」という記念碑がある。その横に立つと0.8μSV前後。線路をはさんだ東側は比較的、放射線量は高くないが決して安全に暮らせる数値でもない。 カラスがいつまでも鳴いている。 民の声新聞-流された漁船 民の声新聞-地震で崩落した店舗 民の声新聞-浪江駅 請戸橋付近の道路脇には、今も津波被害の痕跡 が生々しく残っている。請戸漁港にあったはずの 漁船までもが車道を越えて横たわっている(上)。 JR常磐線・浪江駅前の商店街の老舗印刷店は 地震で崩落したまま。町中が3.11で時間が止ま っている(中)。浪江駅も、震災直後に書かれた 「終日運転見合わせ」の文字がそのまま残ってい た(下) 【校庭で7μSV超の浪江中学校】 男性の自宅近くに浪江中学校がある。 校門の近くに、生徒が自転車に乗る際にかぶっていたものだろうか、白いヘルメットが転がっている。線路をはさんで西側に入ると車中でも上昇を始めていた手元の線量計が、降りて歩き始めた途端に一気に上昇する。校門をくぐる。当然ながら生徒の姿も声もない。まるで廃校。校庭に出てみる。雑草が伸び放題ですっかり荒れ地になってしまっている。サッカーのゴールポストにサッカーボール。未曽有の大地震が起きるまで、サッカーで遊んでいたのだろうか。線量計の数値は7μSVを超したところで上昇をやめた。毎時7μSVといえば、単純換算で年50mSVを上回る数値。町の行ったアンケートでは、多くの子どもたちが「早く学校に帰りたい」と書いていた。これだけ汚染された学校を今後除染したら、果たして再び子どもたちが学べる環境に戻せるというのだろうか。 校舎の周囲を歩く。側溝にたまったままの落ち葉。線量計をかざすと40μSVを超えた。もはやため息しか出ない。施錠された窓から教室をのぞくと、楽器が並べられていた。ブラスバンド部だろうか。階段で屋上に上がってみようとしたが、大きなクモが何匹も巣を張って、よそ者の侵入を拒んでいた。頭上では、相変わらずカラスが鳴いている。 車に戻り、男性宅へ向かう。庭にはユズなどの木々が生えているが、もはや口にすることはできない。雨どい直下に線量計をかざすと16μSV。庭の雑草真上で8μSV、玄関前高さ1mでも5-6μSVに達した。激しく汚染され人の住むことのできなくなったわが家。最初に一時帰宅した際は、庭に牛のものと思われる糞が残されていたという。近所の家では、室内に豚の糞があったと聞いた。雑草が伸びきってしまって玄関から室内に入ることができず、裏の勝手口から入る。掃除をすればいいじゃないか、と思うかも知れない。何回も1児帰宅しているんだから片付ければいいじゃないかと思うだろう。男性は悲しそうな表情で否定した。 「片付けたとして、じゃあ、その先に何があるんですか?来週、来月、来年、またここで生活できるようになりますか?片づけることに何の意味もないじゃないですか」 民の声新聞-浪江中① 民の声新聞-浪江中② ゴールポストが置かれたままの浪江中学校校庭
では、地面から1mの高さで軒並み7μSVを超し た(上) 校舎周辺の側溝では、40μSVを超す個所も。こ の校舎に子どもたちの歓声が戻る日は来るのだ ろうか(下) (続)
チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告 「ウクライナは訴える」 http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-11652 去年4月、チェルノブイリ原発事故25周年の会議で、ウクライナ政府は、汚染地帯の住民に深刻な健康被害が生じていることを明らかにし世界に衝撃を与えた。 チェルノブイリ原発が立地するウクライナでは、強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる汚染地帯に、事故以来26年間、500万人ともいわれる人々が住み続けている。 公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯(中村注:5ミリシーベルト以下の汚染地帯)でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。 特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加していると指摘。子供たちの健康悪化も深刻で2008年のデータでは事故後に生まれた子供たちの78%が慢性疾患を持っていたという。報告書は事故以来蓄積された住民のデータをもとに、汚染地帯での健康悪化が放射線の影響だと主張、国際社会に支援を求めている。 今年4月、私たちは汚染地帯のひとつ、原発から140キロにある人口6万5千人のコロステン市を取材した。この町で半世紀近く住民の健康を見続けてきた医師ザイエツさんは、事故後、目に見えて心臓病の患者が増えたことを実感してきたという。その原因は、食べ物による内部被ばくにあるのではないかとザイエツさんは考えている。 予算が足りず除染が十分に行えなかったため、住民は汚染されたままの自家菜園で野菜などを栽培し続け食べてきた。また汚染レベルの高い森のキノコやイチゴを採取して食用にしている。 学校の給食は放射線を計った安全な食材を使っている。しかし子供たちの体調は驚くほど悪化。血圧が高く意識を失って救急車で運ばれる子供が多い日で3人はいるという。 慢性の気管支炎、原因不明のめまいなど、体調がすぐれない子供が多いため体育の授業をまともに行うことができず、家で試験勉強をして体調を崩すという理由から中学2年までのテストが廃止された。 被ばく線量の詳細なデータはなく、放射線の影響を証明することは難しいが、ウクライナの汚染地帯で確かに人々は深刻な健康障害に苦しみ、将来に不安を抱えながら暮らしていた。 しかしIAEAをはじめとする国際機関は、栄養状態の悪化やストレスなども原因として考えられるとしてウクライナの主張を認めていない。放射線の影響を科学的に証明するには被ばくしていない集団と比較しなければならないが、住民の被ばくに関するデータも、被ばくしていない集団のデータも十分ではなく、今後も証明は困難が予想される。 国際社会に支援を訴えながら、放射線の影響とは認められていないウクライナの健康被害。チェルノブイリ原発事故から26年たった現地を取材し、地元の医師や研究者にインタビュー、ウクライナ政府報告書が訴える健康被害の実態をリポートする。 (2012年9月30日(日) 午前0時50分 再放送予定)
(福島で小児甲状腺がん 「事故無関係」危うい即断.医師の菅谷松本市長が警鐘 ) http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-11669
福島原発事故に伴う福島県の調査で、一人に小児甲状腺がんが見つかった問題。同県立医科大は事故の影響を否定したが、1986年のチェルノブイリ原発事故後、現地で甲状腺がんの治療に当たった医師の菅谷昭・長野県松本市長は「即断は禁物」とし、丁寧な対応を訴える。 「このデータをまさか日本で必要とするとは思わなかった」そう語りつつ、菅谷市長はベラルーシ国立甲状腺がんセンターから入手した小児がん患者数(15歳未満)の推移のデータを示した。 チェルノブイリ(ウクライナ)は国境近くにあり、ベラルーシは深刻な汚染にさらされた。同センターは急増した小児甲状腺がんの治療などのため、90年に創立された。菅谷市長は甲状腺がん専門医として96年から5年半、同センターの活動に携わった。 菅谷市長が注目するのは、ベラルーシの場合、86年には2例だった小児甲状腺がんが、翌年には新たに4例、88年には5例、89年には7例と増加している点だ。 今回の福島県での結果(検査対象は18歳以下)について、検査を担当する県立医大の鈴木眞一教授は「チェルノブイリ事故でも、甲状腺がんが見つかったのは最短4年」と説明したが、同市長は「事故後、早い時期に甲状腺がんが発症する可能性は否定できない。現段階では『わからない』としか言えないはずだ」と即断をいさめる。 菅谷市長が入手した同センターの資料によると、86年?97年の小児甲状腺がんの患者570人のうち、半数以上の385人にリンパ節転移が見られ、16.5%に当たる94人が肺に転移していた。 甲状腺がんは進行も遅く早期に治療すれば完治するとされている。ただ、菅谷市長は「ベラルーシでは、転移していたケースが非常に多い。 将来にわたって、注意深く経過を追わなければならない」と指摘する。 診察よりも調査を優先している検査体制にも疑問を投げかける。「しこりがあると言われたら、親は心配するに決まっている。でも、同じしこりでも水のたまったのう胞はがんにはならない。心配なのは肉のかたまりである結節。一人一人への丁寧な説明を怠ってはならない」 県側は一定の大きさのしこりが見つかり、二次検査した子どもたちについては「個別の経過観察をする」とし、他の子どもたちは2年に一回検査するとしている。 だが、菅谷市長は「心配な保護者には、むしろ他の機関でも調べることを勧めるべきだ。データをまとめるには県立医大に送るよう指導すればよい。保護者の不安解消が大切だ」と語る。 ちなみにベラルーシの子供らの甲状腺がん検査は半年に一回。 同市長は「子どもが甲状腺がんになった場合、何年も治療や検査を続けねばならない家族の苦しみは深い。現地の往診で、そんな姿を見てきた。チェルノブイリの先例に真摯に学ぶべきだ」と話した。
(この汚染地で子供達が住んでいるのです!8月14日,飯館村は毎時1.867μSvの放射線量である.福島の公園,学校では放射線を測るモニタリングポストがある.中には毎時1.139μSvを示す所もある.)

2012年9月26日水曜日

(大飯弾圧救援.9.21 声明) http://a.usuda.ne.jp/oiq.pdf   9月20日11時10分、大飯原発再稼働阻止闘争を共にたたかったAさんが、傷害、暴行、脅迫、器物損壊  の容疑をかけられ福井県警小浜署によって不当に逮捕された。それにともない、関係先三ヶ所に家宅捜索  が入った。   原発再稼働反対監視テント(以下、監視テント)は、この不当な逮捕、家宅捜索に強く抗議すると共に、  Aさんの即時釈放を求める。   Aさんは、4月9日に最初にテントを張ったときからの監視テントの仲間であり、常に、仲間のため、運動の  ために、過酷な役目を率先して引き受けてきた一人である。6月30日から7月2日にかけて36時間にかけてた  たかわれた大飯原発正面ゲート封鎖行動でも、同様である。   今回の行動は、福島第一原発過酷事故の原因もわからず、反省もないまま「大飯原発再稼働」という、  日本政府、関西電力の、とてつもない暴力を前にして、正当防衛、緊急避難としてたたかわれたものである。  大飯原発正面ゲート封鎖行動は、人民として当然の、正当な行為である。   そして、今回の弾圧は、政府の暴力に対し、現場で最も勇敢に立ち向かって行った者、最も政府に対し怒  りをもって行動する者を、見せしめとして逮捕するものである。   政府、資本家の利益を守るためにつくられた法の全てを守っていては、私たちの闘争は成立しない。そし  て、大飯原発の正面ゲートを、実力で封鎖、制圧するには、法の枠を当然に無視せざるをえない。一連の  大飯原発再稼働阻止闘争は、まさに実力阻止行動、実力闘争としてたたかわれたのである。   最も現場で、率先してたたかった者が、当然に逮捕されるとするならば、また、それを許すなら、運動は  際限なく後退することになる。まさに、脱、反原発運動を収縮させようとする、日本政府の策動である。今回  の弾圧は、Aさんに対してだけでなく、脱、反原発運動をたたかう全ての者に対する弾圧であり、それは、  抑圧に抵抗する全人民に対する弾圧である。これに対し、私たちは、不退転の決意でたたかわなければなら  ない。   しかし、この弾圧は、私たちの結束をより強め、さらなる団結をうむ結果になる。やつらの策動は、木っ端  微塵に粉砕されることになるだろう。   私たちは、この弾圧に屈することは絶対にない。そして、さらなる運動の成熟、拡大のため、この反弾圧  闘争への連帯を呼びかける。   共にたたかおう。やつらを倒すまで。 原発再稼働反対監視テント http://oikyuen.blog.fc2.com/ 090-8043-3558 大飯弾圧救援 ※救援カンパのお願い 救援活動には、弁護士費用、保釈金、交通費など、 多くの資金が必要です。共にたたかう仲間の救援の ためにカンパをお願いします。 ゆうちょ銀行からの場合. ゆうちょ銀行 総合口座(ぱるる) 口座番号 記号 10350  番号 31718741 口座名称 カンパジムキョク 他銀行からお振込みの場合は下記になります。 銀行名 ゆうちょ銀行 金融機関コード 9900 店番 038 預金種目 普通 店名 〇三八店(ゼロサンハチ店) 口座番号 3171874 カナ氏名(受取人名) カンパジムキョク. *勾留理由開示公判の日程がきまりました。 10月2日(火)13:30~ 福井地裁. A さんは、今も完全黙秘を続け留置所の中一人 で頑張っています。  仲間の結集で不当な弾圧をはねのけよう。そ して、A さんに一人ではないことを伝えよう。 A さんに激励メッセージをお寄せ下さい。 弁護士の接見時にA さんに伝えます。 oikanshi@gmail.com まで。 大飯弾圧救援.原発再稼働反対監視テント. http://oikyuen.blog.fc2.com/ (090-8043-3558)
尖閣問題資料 中国の公式見解.<矢吹晋(やぶきすすむ):横浜市立大学名誉教授> http://chikyuza.net/n/archives/26359 新華社北京9月25日発 : 中華人民共和国国務院報道弁公室「釣魚島は中国固有の領土である」(白書全文) <目 次> 前書き 一、 釣魚島は中国固有の領土である 二、 日本は釣魚島を窃取した 三、 米日が釣魚島をひそかに授受したことは不法かつ無効である 四、 釣魚島の主権に対する日本の主張にはまったく根拠がない 五、 中国は釣魚島の主権を守るために断固として闘う 結びの言葉 前書き 釣魚島およびその付属島嶼は、中国の領土の不可分の一部である。歴史、地理、法理のいかなる角度から見ても、釣魚島は中国固有の領土であり、中国は釣魚島に対して争う余地のない主権を有している。 日本が1895年に甲午戦争(日本では日清戦争という)を利用して釣魚島を窃取したことは不法かつ無効である。第二次世界大戦後、『カイロ宣言』と『ポツダム宣言』などの国際法律文書に基づいて、釣魚島は中国に返還された。日本は釣魚島に対していかなる一方的な措置をとっても、釣魚島が中国に属する事実を変えることはできない。長期にわたり、日本は釣魚島問題をめぐってたえず紛争を引き起こしてきた。2012年9月10日、日本政府は釣魚島および付属の南小島、北小島の「購入」を宣言し、いわゆる「国有化」を実施した。これは中国の領土主権に対する重大な侵犯であり、歴史的事実と国際法理を甚だしく踏みにじるものである。 中国は、日本のいかなる方式による釣魚島に対する中国主権の侵犯にもあくまで反対し、それを食い止めていく。釣魚島問題における中国の立場は明確で、一貫しており、国家主権および領土保全を守る意志は確固たるものであり、世界反ファシズム戦争の勝利の成果を守る決意はいささかも揺らぐことはない。 一、釣魚島は中国固有の領土である 釣魚島およびその付属島嶼は中国台湾島の東北部に位置し、台湾の付属島嶼であり、東経123°20′~124°40′、北緯25°40′~26°00′の間の海域に分布している。釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島、南嶼、北嶼、飛嶼などの島礁からなり、総面積は約5.69平方キロである。釣魚島は同海域の最西端に位置し、面積は約3.91平方キロ、同海域で最大の面積を有する島であり、主峰は海抜362メートルである。黄尾嶼は釣魚島の東北約27キロの位置にあり、面積は約0.91平方キロ、同海域で二番目に大きな島であり、最高海抜は117メートルである。赤尾嶼は釣魚島の東北約110キロに位置し、同海域最東端の島で、面積は約0.065平方キロ、最高海抜は75メートルである。 (一)中国が最も早く釣魚島を発見し、命名し、利用した 中国の先人は海洋経営と海上の漁業に従事してきた実践において、最も早く釣魚島を発見し、命名した。中国の古代文献では、釣魚島は釣魚嶼、釣魚台ともよばれている。現在見つかっている範囲で、最も早く釣魚島、赤尾嶼などの地名を記載した史籍は、1403年(明・永楽元年)に完成した『順風相送』である。これは、早くも14、15世紀に中国はすでに釣魚島を発見し、命名したことを示している。 1372年(明・洪武5年)に、琉球国王は明朝に朝貢し、明太祖は琉球へ使節を派遣した。1866年(清・同治5年)までのほぼ500年間に、明・清2代の朝廷は前後24回にわたり琉球王国へ冊封使を派遣し、釣魚島は冊封使が琉球に行くために経由する地であった。中国の使節が著した報告には、釣魚島に関する記載が多く出てくる。例えば、明朝の冊封使・陳侃の『使琉球録』(1534年)によれば、「釣魚嶼、黄毛嶼、赤嶼を過ぎ、…古米山を見る、すなわち琉球に属する者なり」とあり、明朝の冊封使・郭汝霖の『使琉球録』(1562年)によれば、「赤嶼は琉球地方を界する山なり」とあり、清朝の冊封副使・徐葆光の『中山伝信録』(1719年)には、福建から琉球へ行くには、花瓶嶼、彭佳嶼、釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼を経て、「姑米山(琉球西南方の境界にある鎮山)、馬歯島を通り過ぎ、琉球の那覇港に入る」とある。 1650年、琉球の国相・向象賢の監修した琉球国最初の正史『中山世鑑』には、古米山(姑米山ともいう、現・久米島)は琉球の領土であるが、赤嶼(現・赤尾嶼)およびそれ以西は琉球の領土ではない、とある。1708年、琉球の学者・紫金大夫程順則の『指南広義』には、姑米山は「琉球西南方の境界にある鎮山である」とある。 以上の史料は、釣魚島、赤尾嶼は中国に属し、久米島は琉球に属し、境界線は赤尾嶼と久米島の間の黒水溝(現・沖縄トラフ)にあるとはっきり記している。明朝の冊封副使・謝傑の『琉球録撮要補遺』(1579年)には、「往路は滄水より黒水に入り、帰路は黒水より滄水に入る」とあり、明朝の冊封使・夏子陽の『使琉球録』(1606年)には、「水は黒水を離れ滄水に入る、必ずやこれ中国の境界」とあり、清朝の冊封使・汪輯の『使琉球雑録』(1683年)には、赤嶼の外の「黒水溝」こそ「中外の境界」であるとあり、清朝の冊封副使・周煌の『琉球国誌略』(1756年)には、琉球について「海面の西は黒水溝を隔て、閩海と境界をなす」とある。 釣魚島海域は中国の伝統的な漁場であり、中国の漁民は子々孫々同海域で漁業を営んできた。釣魚島は航海の目印として、歴史上中国の東南沿海の民衆に広く利用されてきた。 (二)中国は釣魚島を長期的に管轄してきた 早くも明朝の初期に、東南沿海の倭寇を防ぐために、中国は釣魚島を防御地区に組み入れていた。1561年(明・嘉靖40年)、明朝の東南沿海駐屯軍最高統帥・胡宗憲が主宰し、鄭若曽が編纂した『籌海図編』では、釣魚島などの島嶼を「沿海山沙図」に編入し、明朝の海防範囲に組み入れたことがはっきりしている。1605年(明・万暦33年)徐必達らの作成した『乾坤一統海防全図』と1621年(明・天啓元年)茅元儀が作成した中国海防図『武備誌・海防二・福建沿海山沙図』も、釣魚島などの島嶼を中国の領海内に組み入れている。 清朝は明朝のやり方を踏襲し、引き続き釣魚島などの島嶼を中国の海防範囲に組み入れたのみならず、それらを台湾地方政府の行政管轄下に明確に編入した。清代の『台海使槎録』『台湾府誌』などの政府文献は、釣魚島の管轄状況を詳細に記載している。1871年(清・同治10年)に刊行された陳寿祺らが編纂した『重纂福建通誌』巻84では、釣魚島を海防の要衝に組み入れ、台湾府クバラン庁(現・台湾省宜蘭県)の管轄に属していたとしている。 (三)中外の地図が釣魚島は中国に属することを表示している 1579年(明・万暦7年)明朝の冊封使・蕭崇業が著した『使琉球録』の中の「琉球過海図」、1629年(明・崇禎2年)茅瑞徴執筆の『皇明象胥録』、1767年(清・乾隆32年)作成の『坤輿全図』、1863年(清・同治2年)刊行の『皇朝中外一統輿図』など、いずれも釣魚島を中国の海域に組み入れている。 日本で最も早い釣魚島に関する記録がある文献は1785年に林子平が著した『三国通覧図説』所収の「琉球三省および三十六島之図」であるが、この図では釣魚島を琉球36島以外に列記し、かつ中国大陸と同じ色で表示されている。これは釣魚島が中国の領土の一部であることを示している。 1809年フランスの地理学者ピエール・ラビー(Pierre Lapie)らが描いた『東中国海沿岸各国図』では、釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼が台湾島と同じ色で描かれている。1811年英国で出版された『最新中国地図』、1859年米国出版の『コットンの中国』、1877年イギリス海軍作成の『香港から遼東湾に至る中国東海沿海海図』などの地図は、いずれもが釣魚島を中国の版図に組み入れている。 二、日本は釣魚島を窃取した  日本は明治維新以降、対外侵略拡張を加速した。1879年に日本は琉球を併呑し、沖縄県に改名した。その後ほどなく、日本は釣魚島占拠をひそかに画策し、また甲午戦争の末期に釣魚島をひそかに版図に「編入」した。その後、日本は中国に不平等な『馬関条約』(下関条約)の締結を強いて、台湾全島および釣魚島を含むすべての付属島嶼を割譲させた。 (一)日本は釣魚島窃取をひそかに画策した  1884年、釣魚島に初めて上陸し、その島が「無人島」であることが分かったと公言した日本人がいた。日本政府はただちに釣魚島に対して秘密調査を行い、占拠することを企んだ。日本のこのような企みは中国の警戒を引き起こした。1885年9月6日(清・光緒11年7月28日)付けの『申報』に、「台湾北東部の島で、最近日本人が日本の旗をその上に掲げ、島を乗っ取らんばかりの勢いである」との記事がある。中国の反応に配慮したため、日本政府は軽々しい行動に出られなかった。  1885年9月22日、沖縄県令が釣魚島を秘密調査した後、山県有朋内務卿に提出した秘密報告では、これらの無人島は「『中山伝信録』に記載された釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼などと同一の島嶼であり」、すでに清朝の冊封使船によってよく知られ、かつ琉球に向かう航海の目印として、それぞれ名称が付けられている。したがって、国の標杭を立てるべきかどうか懸念があり、それについて上の指示を仰ぐ、としている。同年10月9日、山県有朋内務卿は井上馨外務卿に書簡を送り、意見を求めた。10月21日、井上馨から山県有朋宛ての回答書簡では、「この時機に公然と国の標杭を立てれば、必ずや清国の猜疑心を招く。ゆえに当面は実地調査およびその港湾の形状、後日開発が期待できるような土地や物産などを詳細に報告するにとどめるべきである。国の標識設置や開発着手などは、後ほど機会を見て行えばよい」としている。井上馨はまた、「今回の調査の件は、おそらくいずれも官報や新聞に掲載しないほうがいい」ことをとくに強調した。そのため、日本政府は沖縄県が国の標杭を立てる要求に同意しなかった。 1890年1月13日、沖縄県知事はまた内務大臣に、釣魚島などの島嶼は「無人島であり、今までその所轄がまだ定められていない」、「それを本県管轄下の八重山役所の所轄にしてほしい」との伺いを出した。1893年11月2日、沖縄県知事は国の標杭を立て、版図に組み入れることをふたたび上申したが、日本政府はやはり回答を示さなかった。甲午戦争の2カ月前、すなわち1894年5月12日に、沖縄県は釣魚島を秘密調査した後、次のとおり最終結論を出した。「明治18年(1885年)に県の警察を派遣して同島を現地踏査して以来、さらなる調査を行ったことがないので、より確実な報告を提出することができない。…そのほか、同島に関する旧記文書およびわが国に属することを示す文字の記載や口碑の伝説などの証拠はない」。  日本外務省が編纂した『日本外交文書』では、日本が釣魚島の窃取を企んだ経緯がはっきり記載されている。その中の関係文書が示しているように、当時日本政府は釣魚島を狙い始めたが、これらの島嶼が中国に属することをよく知っており、軽々しい行動に出られなかったのである。 1894年7月、日本は甲午戦争を発動した。同年11月末、日本軍は中国の旅順口を占領し、清朝の敗勢がすでに明らかになった。こうした背景の下で、12月27日、日本の野村靖内務大臣は陸奥宗光外務大臣へ書簡を送り、「今や昔とは情勢が異なる」とし、釣魚島に国の標識を立て、版図に組み入れることについて、閣議で審議決定することを求めた。1895年1月11日、陸奥宗光は回答書簡で支持の意を表した。同年1月14日、日本の内閣は釣魚島を沖縄県の管轄下に「編入」するという秘密決議を採択した。 日本の公文書は、日本が1885年に釣魚島への調査を開始し、1895年に正式に窃取するまでの過程は終始秘密裏に進められており、一度も公表されたことがないことをはっきりと示している。このことは、釣魚島の主権に対する日本の主張が国際法に定められた効力を持たないことをさらに証明している。 (二)釣魚島は台湾島と共に日本に割譲することを強いられた  1895年4月17日、清朝は甲午戦争に敗れ、日本と不平等な『馬関条約』に調印し、「台湾全島およびすべての付属島嶼」を割譲することを強いられた。釣魚島などは台湾の「付属島嶼」としてともに日本に割譲されたのである。1900年、日本は釣魚島を「尖閣諸島」と改名した。 三、米日が釣魚島をひそかに授受したことは不法かつ無効である 第二次世界大戦後、釣魚島は中国に返還された。しかし、1950年代に米国は釣魚島を勝手にその委任管理の範囲に組み入れ、70年代に釣魚島の「施政権」を日本に「返還」した。米日が釣魚島をひそかに授受したのは中国の領土主権に対する重大な侵犯であり、不法かつ無効であり、これにより釣魚島が中国に属するという事実が変わったことはなく、また、変えることなど許されない。 (一)「第二次世界大戦」後、釣魚島は中国に返還された 1941年12月、中国政府は正式に日本に対して宣戦を布告し、日本との間で締結されたすべての条約を廃棄することを宣言した。1943年12月の『カイロ宣言』は、「日本が窃取した中国の領土、例えば東北四省、台湾、澎湖群島などは中華民国に返還する。その他日本が武力または貪欲によって奪取した土地からも必ず日本を追い出す」と明文で定めている。1945年7月の『ポツダム宣言』第8条では、「『カイロ宣言』の条件は必ず実施されなければならず、日本の主権は必ず本州、北海道、九州、四国およびわれわれが定めたその他の小さな島の範囲内に限るものとする」と定められている。1945年9月2日、日本政府は『日本降伏文書』において、『ポツダム宣言』を受け入れ、かつ『ポツダム宣言』で定めた各項の規定を忠実に履行することを承諾した。1946年1月29日の『盟軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号』では、日本の施政権の範囲が「日本の四つの主要島嶼(北海道、本州、九州、四国)と、対馬諸島、北緯30度以北の琉球諸島を含む約1千の隣接小島嶼」であることが定められている。1945年10月25日、中国戦区台湾省の日本降伏式典が台北で行われ、台湾は中国政府に正式に回復された。1972年9月29日、日本政府は『中日共同声明』において、台湾が中国の不可分の一部であるという中国側の立場を十分に理解し、尊重し、かつ『ポツダム宣言』第8条における立場を堅持することを厳かに承諾した。 以上の事実が示しているように、『カイロ宣言』『ポツダム宣言』『日本降伏文書』に基づき、釣魚島は台湾の付属島嶼として台湾といっしょに中国に返還されるべきものである。 (二)米国は不法に釣魚島を委任管理の範囲に編入した  1951年9月8日、米国は一部の国と共に、中国を排除した状況で日本と『サンフランシスコ講和条約』を締結し、北緯29度以南の南西諸島などを国連の委任管理下に置き、米国を唯一の施政者とする取り決めを行った。指摘しなければならないのは、同講和条約で規定された米国が委任管理する南西諸島には、釣魚島は含まれていなかったことである。 1952年2月29日、1953年12月25日、琉球列島米国民政府は前後して第68号令(『琉球政府章典』)と第27号令(「琉球列島の地理的境界」に関する布告)を公布し、勝手に委任管理の範囲を拡大し、中国領の釣魚島をその管轄下に組み込んだ。これにはいかなる法律的な根拠もなく、中国はこの行為に断固反対するものである。 (三)米日は釣魚島の「施政権」をひそかに授受した   1971年6月17日、米国は日本と『琉球諸島および大東諸島に関する協定』(略して「沖縄返還協定」という)に調印し、琉球諸島と釣魚島の「施政権」を日本に「返還」することとした。これに対して、中国本土および海外の中国人は一斉に非難の声をあげた。同年12月30日、中国外交部は厳正な声明を発表し、「米日両国政府が沖縄『返還』協定で、中国の釣魚島などの島嶼を『返還地域』に組み入れたことは、まったく不法なことであり、これは中華人民共和国の釣魚島などの島嶼に対する領土主権をいささかも改変し得るものではない」と指摘した。台湾当局もこれに対して断固たる反対の意を示した。  中国政府と人民の強烈な反対に対して、米国は公けに釣魚島の主権帰属問題における立場を明らかにせざるを得なかった。1971年10月、米国政府は「元日本から得たこれらの諸島の施政権を日本に返還することは、主権に関わる主張をいささかも損うものではない。米国は日本がこれらの諸島の施政権をわれわれに委譲する前に持っていた法的権利を増やしてやることも、施政権を日本に返還することによってその他の主張者の権利を損なうこともできない。…これらの諸島に関わるいかなる対立的要求も、すべて当事者が互いに解決すべき事柄である」と言明した。同年11月、米国上院での「沖縄返還協定」採択時に、米国務省は声明を発表し、米国は同諸島の施政権を日本に返還するものの、中日双方の同諸島をめぐる相反する領土権の主張において、米国は中立的な立場をとり、紛争のいかなる側に対しても肩を持つことはしないと表明した。 四、 釣魚島の主権に対する日本の主張にはまったく根拠がない 1972年3月8日、日本外務省は『尖閣諸島の領有権についての基本見解』を発表し、釣魚島の主権帰属について日本政府の主張を次のように述べた。一、釣魚島は「無主地」であり、『馬関条約』に基づき日本が清国より割譲を受けた澎湖諸島と台湾およびその付属島嶼には含まれていない。二、釣魚島は、『サンフランシスコ講和条約』第2条に基づき日本が放棄した領土のうちには含まれず、同条約第3条に基づき南西諸島の一部として米国の施政下に置かれ、かつ「沖縄返還協定」により日本に施政権が「返還」された地域の中に含まれている。三、中国は釣魚島を台湾の一部と考えず、『サンフランシスコ講和条約』第3条に基づき米国の施政下に置かれた地域に釣魚島が含まれている事実に対し、従来何ら異議を唱えてこなかった。 日本の上述の主張は事実に著しく背いており、まったく成り立たない。  釣魚島は中国に属し、決して「無主地」ではない。日本人が釣魚島を「発見」する前に、中国は釣魚島に対してすでに数百年にわたる有効な管轄を実施しており、釣魚島の争う余地のない主人である。前述したように、釣魚島が早くからすでに中国に帰属し、国際法における無主地ではないことを日本がはっきり了解していたことは、日本の多くの政府文書で証明されている。日本がいわゆる「先占」原則によって釣魚島を「無主地」としてその版図に「編入」したことは、中国の領土を占拠した不法行為であり、国際法上効力を有さない。 地理的に見ても、中国の歴史的な管轄実践から見ても、釣魚島はずっと中国の台湾島の付属島嶼であった。日本は不平等な『馬関条約』を通じて、釣魚島を含む「台湾全島およびすべての付属島嶼」を割譲するよう清朝に迫った。『カイロ宣言』『ポツダム宣言』などの国際法律文書は、日本が窃取した中国の領土を無条件に返還すべきであるとしている。上述の文書はまた日本の領土範囲をはっきり画定し、その中に釣魚島はまったく含まれていない。日本が釣魚島を占有しようとすることは、実質上『カイロ宣言』『ポツダム宣言』などの法律文書によって確立された戦後秩序に対する挑戦であり、日本が負うべき国際法の義務に甚だしく背くものである。 米国などの国が日本と調印した一方的な講和条約である『サンフランシスコ講和条約』に規定された委任管理の範囲には釣魚島が含まれていない。米国が勝手に委任管理の範囲を拡大し、中国領である釣魚島を不法にその管轄下に編入し、その後、釣魚島の「施政権」を日本に「返還」したことは、いずれも何ら法的根拠がなく、国際法上いかなる効力も有さない。米日の上述の不法な行為に対して、中国政府と人民は一貫して明確に反対している。 五、中国は釣魚島の主権を守るために断固として闘う 長期にわたり、中国は釣魚島の主権を守るために、断固として闘ってきた。 中国は外交ルートを通じ、米日が釣魚島をひそかに授受したことに対して強く抗議し、非難した。1951年8月15日、サンフランシスコ講和会議が開催される前に、中国政府は「対日講和条約の準備、起草および調印に中華人民共和国の参加がなければ、その内容と結果のいかんにかかわらず、中央人民政府はこれをすべて不法であり、それゆえ無効であるとみなす」という声明を発表した。1951年9月18日、中国政府はふたたび声明を出し、「サンフランシスコ講和条約」が不法かつ無効であり、断じて承認できないと強調した。1971年、米日両国の国会が前後して「沖縄返還協定」を採択した行為に対して、中国外交部は、釣魚島などの島嶼は、昔から中国領土の不可分の一部であるとの厳正な声明を発表した。 中国釣魚島の主権を侵犯する日本の不法行為に対して、中国政府は積極的で力強い措置をとり、外交声明の発表、日本への厳正な交渉申し入れ、反対口上書を国連に提出する、などの措置を通じて抗議を表明し、中国の一貫した主張と原則・立場を宣言し、中国の領土主権と海洋権益を断固として防衛し、中国公民の人身・財産の安全をしっかり守ってきた。 中国は国内立法により釣魚島は中国に属することを明確に定めている。1958年、中国政府は領海に関する声明を発表し、台湾およびその周辺諸島は中国に属すると宣言した。1970年代以来、日本が釣魚島に対して行ったさまざまな主権侵犯行為に対して、中国は1992年に『中華人民共和国領海および隣接区法』を公布した際に、「台湾および釣魚島を含むその付属諸島」は中国の領土に属すると明確に定めた。2009年に公布された『中華人民共和国海島保護法』は海島の保護・開発と管理制度を確立し、海島の名称の確定と公布に関して規定を設けた。それに基づき、中国は2012年3月に釣魚島およびその一部の付属島嶼の標準名称を公布した。2012年9月10日、中国政府は声明を発表して、釣魚島およびその付属島嶼の領海基線を公布した。9月13日、中国政府は釣魚島およびその付属島嶼の領海基点・基線座標表と海図を国連事務総長に提出した。 中国は終始釣魚島海域で恒常的な存在を保ち、管轄権を行使している。中国海洋監視船は釣魚島海域でのパトロールと法執行を堅持しており、漁業監視船は釣魚島海域で常態化したパトロールと漁業保護を行っており、その海域における正常な漁業生産の秩序を守っている。中国はまた天気予報や海洋観測予報などの発表を通じて、釣魚島および周辺海域に対しての管轄権を行使している。 これまでずっと、釣魚島の問題は香港・澳門(マカオ)同胞、台湾同胞、そして海外同胞の関心をも集めてきた。釣魚島は古来中国固有の領土であり、 これはすべての中国人の共通の立場である。中華民族は国の主権と領土の保全を守る上で確固とした決意を持っている。民族の大義を前にして、両岸の同胞は民族の利益と尊厳をともに守ることで一致している。香港・澳門(マカオ)・台湾の同胞と国内外の華僑・華人は、さまざまな活動を次々に展開し、釣魚島の領土主権を守り、中国人の正義の立場を強く表明し、平和を愛し、国の主権を守り、領土の保全を防衛しようとする中華民族の決意と意志を世界中にアピールした。 結びの言葉 釣魚島は、古来中国固有の領土であり、中国は釣魚島に対して争う余地のない主権を有している。1970年代、中日両国が国交正常化と『中日平和友好条約』を締結する際、両国の先代の指導者たちは両国関係の大局に目を向け、「釣魚島の問題を棚上げし、将来の解決にゆだねる」ことについて諒解と共通認識に達した。しかし、近年来、日本は釣魚島に対してたえず一方的な行動をとり、特に釣魚島に対していわゆる「国有化」を実施したことは、中国の主権に対する重大な侵犯であり、中日両国の先代の指導者が達成した諒解と共通認識に背くものである。これは中日関係を損なうのみならず、世界反ファシズム戦争の勝利の成果に対する否定と挑戦でもある。 中国は日本が歴史と国際法を尊重し、中国の領土主権を侵害するあらゆる行為をただちにやめるよう強く要求する。中国政府は、国の領土主権を防衛する決意と意志を固めており、国の主権を防衛し、領土保全を守る自信と能力を有している。 (新華網日本語)
安倍晋三が本当に欲しいのはCIA. http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-187.html 実は,日本にも安全保障会議はある。 アメリカ国家安全保障会議(いわゆるNSC)と比較しても,さほど変わりの無いことが書かれている。さて,何で安倍晋三はあらためて「アメリカのような」安全保障会議を設置したいと言ったのか。 その疑問はすぐに解けた。CIAである。 日本の安全保障会議に無くて,アメリカの国家安全保障会議にあるもの。それがCIA 中央情報局だ。 CIAと言うと,大統領直属のスパイ機関で,国際的に裏の世界で悪の限りを尽くしているという印象があるが,実は国家安全保障法によって設置された国家安全保障会議の情報機関だったということを,私も初めて知った。 そして,Wikipediaによれば,CIAの権限は, 「国家安全保障会議が適宜指示する他の事項を遂行する権限」。 何の制限もつかないために、他国の転覆工作などありとあらゆる工作活動が行われた。 国内活動制限も「召喚状を発するような国内治安権限を持たない」ということで、逮捕・連行・拘留以外の活動については曖昧であった。 明らかな違反例では、ジョンソン大統領時代にCLCという高官が大統領府のだれか(おそらく大統領本人)の承認で、局員を使い民主党全国大会を調査したことが知られている。またケイオス作戦(Operation Chaos)で国内の監視活動が行われ、例えばニューヨークで国際郵便物の開封などがあった。 そして,こうした国際的,国内的な傍若無人な権限は,ただ大統領だけに責任を持ち,国民には対してはいっさい責めを負わない。 何せ,メンバーもやっていることも秘密なのだから。 安倍晋三が欲しかったのはこれなんだ,と思ったら,何のことは無い,自分で言っている。 「日本版CIA」検討 安倍氏 ≪首相直轄で情報力強化≫  安倍晋三官房長官が、次期首相就任を見据え、首相直轄の「対外情報機関」を創設し政府のインテリジェンス(情報・諜報)機能の強化を検討していることが23日、明らかになった。「対外情報機関」は「日本版CIA」ともいえるもので、 (中略)  検討されているのは、「対外情報機関」を内閣官房に置き、国内外で国際テロ情報、外国の政治、軍事情報の収集活動にあてる。米中央情報局(CIA)や英対外情報部(MI6)など各国の情報機関とも、情報交換をはじめ連携する体制を構築。要員は警察、防衛両庁や内閣情報調査室、外務省、民間から優秀な人材を登用する。  現行の次官級の「内閣情報官」を官房副長官級へ格上げし、「対外情報機関」や情報を評価、分析するスタッフである「情報補佐官」を指揮。重要な情報は首相へ直接、報告を上げるシステムへ改善し、関係各省庁による「内閣情報委員会」も新設し政府の「インテリジェンス・コミュニティー」を確立する。 (中略) 今年3月には、「内閣情報官」に警察庁の三谷秀史外事情報部長(当時)を抜擢(ばってき)し、「安全保障や有効な外交を展開するためには情報収集能力が極めて重要だ」と強調した。(後略) (08/24 SankeiWeb) 国民からは秘匿された,日本版CIAを駆使し,これまた国民には見えない「NSC」国家安全保障会議で物事を決定し,国会も各省庁すら頭越しに暴政を遂行しようという,安倍晋三の狙いだ。 自らのインテリジェンスのなさを,こんな形で補うなんて。 無能で小心で傲慢な政治家に権力を持たせると,往々にしてこういうことになる。 NSCと日本版CIAを,粛々と作らせてはいけない。
【史料】原発事故の予防策を提言されても相手にしなかった安倍晋三首相(当時) http://alcyone-sapporo.blogspot.de/2012/09/blog-post_9539.html?spref=tw (自民党 新総裁の安倍晋三は、提言された原発事故予防対策を拒否し続けてきた男) http://hibi-zakkan.net/archives/18210279.html 福島第一事故の原因を作った人間の一人。と言っても過言ではない 提言された原発事故予防対策を拒否し続けてきた安倍 2006年12月13日 衆議院議員 吉井英勝 巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書 http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm 2006年12月22日 内閣総理大臣 安倍晋三 巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書 1-4 Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない 1-6 Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない 1-7 Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない 2-1 Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない
安倍過去を振り返らない男 (都合の悪いことだけ) コイツ福島原発で事故が起こったこと知らないんじゃね!?もしかして・・・
(原子力規制委が フリーランスの記者や赤旗を締め出し、取材規制。さっそく正体現す) http://hibi-zakkan.net/archives/18204684.html 「特定の主義主張 ご遠慮いただく」 原子力規制委が取材規制  原子力規制委員会が毎週1回開く委員会終了後の記者会見について、同委員会の実務を担当する原子力規制庁の広報担当者は「特定の主義主張を持つ機関の機関紙はご遠慮いただく」などとして、「しんぶん赤旗」を排除する方針を25日、明らかにしました。さらにフリーランスの記者についても「どういった雑誌に、どういった記事を書いているかを見て、特定の主義主張を持って書かれている方はご遠慮いただいています」と、憲法が禁止する検閲まがいの対応をしていることも明言しました。  原子力規制委員会の田中俊一委員長は19日の第1回委員会で、「地に落ちた原子力安全行政に対する信頼を回復する」ため「透明性を確保する」と述べ、「報道機関への発表を積極的に行うことで、委員会としてのメッセージを分かりやすく伝える」とする方針も決めていました。委員会で決めた「報道の体制について」では「報道機関を既存官庁よりも広く捉え、報道を事業として行う団体や個人を対象にする」とまで明記していました。  これまで、内閣府原子力安全委員会後の委員長らの記者会見で、こうした対応はされていませんでした。 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-26/2012092614_03_1.html >原子力規制庁の広報担当者は「特定の主義主張を持つ機関の機関紙はご遠慮いただく」 だったら読売や産経、朝日、毎日、全部だめ!! 全部 「特定の主義主張を持つ機関の機関紙」である.!!

2012年9月25日火曜日

(反原発米国学者.スターングラス博士インタビュ-.低放射線量による健康破壊.健康を破壊する原発) http://blog.livedoor.jp/syukenzaimin/archives/52106652.html ここで、スターングラス博士にお話をお聞きしたいと思います。彼は、原子力の本場アメリカで、60年代から、核実験や原子力発電による低レベル放射能の影響を訴えて続けて来た、数少ない科学者の一人です。2006年の二月には念願だった来日を果たし、青森県の六ヶ所村も訪ねています。 こんにちは、今日はよろしくお願いします。 S博士「まずはじめに、日本には55基もの原子炉が運転しているのを知ってるよね。」 、、、はい。 S博士「それに、ほとんどが海岸沿いの国土の2割程度の面積に人口が集中していて、原発も割と近くに配置されている。だから、日本政府が2003年度に発行した、過去100年の日本人の死因の推移を見たとき、あまり驚かなかった。」 と言いますと。 S博士「日本では、戦後の50年で、がんの死亡がずっと増え続けている。1900年台の前半は、がんはそこまで存在しなかった。日本に原爆が落とされて、アメリカ製の原子力発電所が導入されてから、一気に増え始めたのだ。今でも日本にある原発の八割がアメリカ製だ。」 はい。 S博士「そして、本場のアメリカで分かって来たことが、原子力発電所というのは、公に発表されているよりも、ずっと大量の放射性物質を放出しているということだ。大半は、細かい分子になった、核の分裂によって産まれる物質で、大気や海に放出されている。核分裂生成物というやつだ。」 はい。これが、自然放射線と混同されると、訳分からなくなりますね。 S博士「その通りだ、そもそも自然放射線というのは、海抜0メートル付近では、0.8 から1mSV(ミリシーベルト)が普通であって、それ以上はラドンなどごく特定の地域しか関係のないものや、0.15mSVほどのカリウムなどを大げさに数えている場合が多い。しかも、ほとんどの自然放射線が外部被ばくを起こすガンマ線で、体の中の特定な器官に蓄積して内部被ばくを起こすものじゃない。ストロンチウム90やヨウ素131などの放射性物質は、体の中に入り込むのと、それと同じ量を地面にばらまいたのでは、威力が全然違うのだ。」 分かります。 S博士「ヨウ素131は、ほとんどが一週間の半減期だが、これは首にある甲状腺に集中する。甲状腺というのは、体全体の新陳代謝をコントロールしていて、多くの器官が甲状腺のホルモンによって動いている。だから甲状腺が壊れると、大人だと、甲状腺に異常が生じたり、がんになることがある。また、ストロンチウム90は骨に集中する。これはカルシウムと似ているためで、カルシウムは、骨をつくったり、神経の伝達にも欠かせない。要するに、脳みその働き、考える力に貢献している。よって、ストロンチウム90が引き起こす問題というのは、あまり知られていないのが、カルシウムと同じように骨だけじゃなく、脳にも入り込んで、神経にダメージを与えるため、特に脳の発達に支障をきたすようになる。」 赤ちゃんですね。 S博士「赤ちゃんもそうだし、お母さんのお腹の中いる胎児のときからだ。それに、脳みそは10代まで発達し続ける。だからそこに問題が生じると、普通の読み書き、理解する力、計算する力、全体的に影響を受けてしまう訳だ。健康な脳みそをつくる過程でだよ。」 母親は知っておくべき情報ですね。 S博士「これは、本当に伝えなければいけないことだ。繰り返すが、ストロンチウム90やヨウ素131は自然には存在しないもので、ウランやプルトニウムが核分裂を起こしたときのみ、産まれるのだ。原子炉の中で起きていることは、原爆の核分裂が起こす環境破壊と同じなのだ。つまり、核実験などが広めた汚染を、原子力発電所がそのまま引き継いだに過ぎないのだ。」 なるほど。 S博士「これは数年前にJournal of American Medical Associationで発表されたばかりなんだが、妊婦が歯科医でX線を数回受けただけでも、散ったX線が、ヨウ素131のように甲状腺に影響を与えて、それが早産につながる確率が数割高くなることが分かった。こうした未熟児は、現在の医学ではほとんどを救うことができるのだが、X線のせいですでに脳の発達に影響が出てしまっている。それが思考力や、集中力の欠如に表れる。脳の発達に支障をもった未熟児は、自閉症になる可能性も出てくるのだ。」 このように器官に集中する放射性物質は、どのようにダメージを与えているんですか? S博士「ヨウ素131の場合、ガンマ線というのは、X線と一緒で、とても強いエネルギーを持った光を出す。そして、ベータ線は電子なんだが、数ミリしか飛ばなくても、臓器に埋め込まれると周りの細胞を破壊する訳だ。変異を起こしたり、遺伝子を傷つけてしまう。そして、フリーラジカルが産まれる。フリーラジカルとは、マイナスの力を帯びた酸素分子で、寿命も一瞬なんだが、これがプラスを帯びた細胞の粘膜に引き寄せられて、穴を空けてしまうので、大変なことだ。これらのことは、60年代の後半から70年代にかけて分かったことで、原子力発電を始めたずっと後の話だよ。」 はい。 S博士「初めての原発が1942年のシカゴだったから、そのおよそ30年後に分かったことだよ。もう一つ興味深い発見だったのは、X線などの強くて短い刺激がつくる多くのフリーラジカルは、実はお互いとぶつかり合って、そこまでダメージを引き起こせないんだ。これを、私は『混んだナイトクラブ効果』と呼んでいる。分かるだろう、狭い空間に人が入りすぎて、身動きが取れないのだ。これで分かったことが、X線などが与える、自然放射線の一年分に値する1mSVほどの一度の衝撃は、思ったほど効果がなく、同じ量を一週間、一ヶ月の間に分けて微量を受けた方が、細胞あたりのフリーラジカルが少ないために、ずっと大きなダメージを与えるのだ。」 そうなんですか。 S博士「このことは、衝撃だった。つまり、X線や原子爆弾のように、集中された強い放射線よりも、永続的な低レベルの放射線の方が、ダメージは100倍から1000倍も大きいことが分かったのだよ。」 なるほど。 S博士「我々はヒロシマやナガサキで集めたデータを信じきってしまったのだ。原爆は、主にガンマ線と中性子線を一瞬で放出したから、本当に強くて大量のエネルギーを放出した。ましてや、その頃はフォールアウト(『死の灰』と訳される)のことも良く分かっていなかった。要するに、長期的な低レベル放射能の影響を、今日でも、完全に間違って計算しているのだ。2003年にイギリスのクリス・バズビー (Chris Busby) 氏らが、ヨーロッパのECRR機構(European Commission on Radiation Risk) に頼まれて、原子力発電所のリスクについて過去50年の様々な論文やケースを完全に洗い直したところ、同じ結論にたどり着いたのだ。我々は、低レベルの内部被ばくによる影響を、少なくとも100倍から1000倍、過小評価して見積もっているのだ。」 はい。 S博士「もう一つ言いたいのが、ストロンチウム90は骨に入って、強い電子を放出する。骨髄では赤血球と白血球もつくられているから、ここで異常が起きると、白血病を起こす。また、白血球というのは、体のありとあらゆる病源と戦っているから、白血球がちゃんとつくられないと、これは大都市で警察のストを起こすと犯罪率が一気に高くなるようなものだ。分かるね。ストロンチウム90が白血球を壊せば、体中にがんが起きても止めることができない。ストロンチウム89の半減期は50日で、ストロンチウム90の半減期は28年だから、体に蓄積されていくものだ。」 そうですか。 S博士「さきほどの低レベルの放射能の話に戻るが、人々が間違いを犯した原因のひとつに、放射線によるがんの治療による。これは動物実験で、一週間おきに集中した放射線をあてれば、健全な細胞は元に戻るということから、放射量を細かく分ければ、体には影響が少ないと信じられていたのだ。ところが、内部被ばくの場合は、少ない量でも常に体の中にある訳だから、慢性被ばくと言っても良い。これが何十年間と蓄積されると、ストロンチウム90のように白血球が壊されていけば、肺炎やさまざまな感染が起き易く、免疫力が激しく低下することに繋がるのだよ。」 では、質問を変えます。 原子力発電所は、すべての排出物をモニタして、環境もモニタして、すべては安全だと言います。何がいけないのでしょうか? S博士「何回も言うが、0.1~0.2mSVほどのX線の影響と、核分裂生成物を比べて、影響を少なく見積もりすぎているから、誤った安全の基準を適用しているところが間違っている。2005年に発行されたUS Academyの論文には、『どんな微量の放射能でも、必ず何らかのダメージを与えている。無害ということなどない』と書かれているくらいだ。一時期、『微量なら健康に良い』と信じられていたのもまったくの間違いで、『一定値以下なら安全』と信じられていたことも、間違いだった。これはようやく最近、世界中で発表されている論文で認められてきたことだ。更に、1000倍もダメージを少なく見積もってものだから、0.1mSVだったものが、実質的には100mSVと同じダメージを加えているのだ。」 これらの核融合生成物は、化学的にフィルタすることってできるんですか? S博士「完全には無理だ。中空糸フィルタやイオン交換樹脂など、どんなにテクノロジーが進化しようと、完璧なフィルタなど存在しない。例えば、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンなどの希ガスは、化学的にフィルタすることはできない。トリチウムなども水分と同じような性質なので、なかなかフィルタできない。モニタリングは、結局、役割を果たしていないのだ。自然界はストロンチウム90やヨウ素131をつくらないから、自然放射能と比べるのはおかしい。更に、X線などは刺激が短か過ぎる。だから、安全だと思っていた放出量が、実はそうではなかったということだ。」 それでも、核実験からの残量放射能が減って来ていて、今では食物に含まれている値も示していますが。 S博士「良いかい。基本的に原子力発電所が自ら検出して発表しているデータはそこまで信用しない方が良い。電力の生産があがるほど、放射性物質の排出はぜったいに免れられないのだ。それに、原子力発電所がどのくらい排出しているかを心配したり論議するよりも、人間にどのくらい入って来ているのかを検出する方がずっと早いのだ。私たちの90年代の研究で分かったことは、アメリカで原子力発電所の近くに住んでいる子供たちの乳歯から検出されたストロンチウム90は、かつての核実験の時代と同じくらい高くなってきているということだ。これは原子力発電所が放射性物質を出し続けている確固たる証拠だ。このプロジェクトもアメリカの政府がデータを公表しなくなったために、独自で始めたのだ。ストロンチウム90の値は、すでに胎内で蓄積されていることが分かることと、ストロンチウム以外の放射性物質も入って来ていることを裏付けるから大事な訳だ。これらはすべて、いわゆる通常の運転で起きていることだよ。」 それは日本にも言えることですか。 S博士「繰り返すが、日本の八割はアメリカ製の原子力発電所であるからして、まず間違いないだろう。原子力発電所の放射性ガスや放射性物質の粒子は、日本の美しい山脈に降り注ぎ、それがきれいな湧き水に混入して、田んぼや畑、飲み水に入って行ってしまうのだよ。風がどっちに吹いていようが関係なく、これがいちばん起こりうる被ばくの方法で、私はこれが日本でがんが急増している要因のひとつだと考えている。ちなみに、ロレン・モレーが日本で集めた乳歯のサンプルからもストロンチウム90が充分なレベル検出されている。これはどこで産まれたか、どこで育ったかによって大きく異なるし、もっと大規模な研究が必要だが、アメリカと同じような状況であると予想される。小児がんを主に、健康な発育が妨げられる確率が数割は高くなるということだ。もちろん、放射性物質による害は成人にもあてはまることだ。」 そうなんですか。 S博士「ついでに、もう一つ重大な話をしよう。ストロンチウム90から出来るのが、イットリウム90だ。これは骨じゃなくて、すい臓に集中する。すい臓というのは、糖尿をおさえるホルモン、インスリンを分泌しているから、ここに異常が出ると糖尿病になる。世界中で、糖尿病が急増しているのは知ってるね。日本は、すでに人口の割合から言えば、アメリカの二倍もいる。そのアメリカだって、イギリスより率が高いのだ。日本では、戦後から現在にかけて、すい臓がんが12倍にもふくれあがっている。50年代の終わりにドイツの動物実験で発見されたのが、ストロンチウム90が電子を放出してイットリウム90になると、骨から肺、心臓、生殖器などに移動するのだが、すい臓に最も高い集中見られたのだ。インスリンがうまく生産されないようになって、血糖値が上がってしまうのだ。今までは放射能が糖尿病と繋がっているなんてまったく認知されていないのだ。これで分かっただろう、国際放射線防護委員会(ICRP)は、当初、放射能の影響として、特定のがんと奇形児くらいしか認めなかったのだ。未熟児、乳児の死亡や、肺、心臓、すい臓、これらの部位への影響はすべて無視されてきたのだ。」 はい。 S博士「民間エネルギーの最初の原子力発電所は、ピッツバーグに57年に、私が15年間勤めたWestinghouse社によって建てられた。私たちは、汚い石炭の発電所よりも、安くて、きれいなエネルギーだと思っていた。微量の放射性物質が逃げても、大したことないと思っていたのだが、それは大間違いだった。これと同じ原子炉が、今でも日本でたくさん稼働している。70年代にカナダのエイブラム・ペトカウ (Abram Petkau) 博士が発見した、低レベル放射能によるフリーラジカルの影響を、未だに反映できていないのだ。フリーラジカルの性質を分かっていなかったのと、放射線量と人体への影響が比例的な関係だと勘違いしていたのだ。低レベルで起きる様々なことは、ヒロシマとナガサキの生存者を調べただけでは、まったく予期できなかったのは当然のことだ。」 はい。 S博士「だから、原爆の生存者や、X線のデータによって計算された国際的な許容量はまったく間違っている。これは、原子力発電所が大規模に建てられるようになって、何十年も後に分かったことだが、誰もその過ちを認めることが出来ずに、今日まで来てしまった。その理由の一つとして、すでにウラン鉱山に巨額の投資がされてしまっていたことがあるだろう。だから、ウランの利益を受けている人たちは、過ちを認めないどころか、それを絶対に隠したいのだ。ウランは核分裂以外には役割がないから、それがただの粉末のゴミになることを本気で危惧しているのだ。世界中の政府や企業、イギリスの皇室などが所有しているウランは、原子力発電所が他の燃料で動くようになったら困るのだ。」 日本企業もかなり先行投資していますよね。他の燃料と言いますと? S博士「天然ガスだ。天然ガス発電に切り替えれば、なんと、設備投資の7~8割は無駄にならない。天然ガスはあと数十年は持つと言われているから、その間に自然エネルギーを開発すれば良いのだ。コロラド州のフォート・セイント・ブレイン (Fort St. Vrain) は、すでにこの成功例だ。原子炉だけを閉じて、天然ガス用のボイラーを横につくって、タービンの建物など、ほかのものはそっくりそのまま使えたのだ。そう、原子力はお湯を沸かしているだけだからね。原子炉の中の水も放射能を持っているために、配管が錆びて出てくる鉄、マンガン、コバルトなどにも中性子がぶつかって、普通の元素まで放射性になって大気に飛び出てしまうのだよ。これが体内にも必要な物質の場合、放射性の鉄分だって血液に入ってしまう訳だ。」 原子炉を解体しただけで、その付近は大丈夫なんですか? S博士「そうだ。その証拠にコロラド州は、あらゆるがん、小児がんの率が全米でいちばん低いのだ。解体すれば、新しい核分裂や放射性ガスを止めれば、燃料自体は、まだ残っているが隔離することはできる。それが素晴らしい点だ。もちろん、完全に廃棄するにはたいへんなコストがかかるよ。これはもっと大変な問題だ。だから、原子力産業は、古くなった発電所を解体する巨額のコストを考えていなくて、将来のコストを少なく見積もりすぎているのが、大問題だ。でも、運転を止めることさえすれば、せめて新しい放射性ガスが発生することは抑えられるのだからね。」 環境的には、それがいちばん良い訳ですね。 S博士「とりあえずは、だ。その代わり、何万年、何億年と放射能を持つ核廃棄物をどうするのかを、まだ誰も解決できていない。何故かというと、長い時間が経つと、地下に埋めようが、山に埋めようが、放射線が缶から漏れ始めることが分かっているからだ。缶が空気中のバクテリアに侵されて行くからだ。そうすれば、今度は地下水が汚染される。」 はい。 S博士「環境的な問題はそれにとどまらない。日本のロッカショで起きようとしていることは、全国の55基分の廃棄物を集めるから、どうがんばっても大量の放射性物質を大気と海に捨てることになるだろう。そうすれば魚も死ぬし、近辺の入江に生息する貝や生物が放射性物質を吸い込んで、人間と同じように免疫力が低下して行って、死んでしまうのだ。60年代に核実験が盛んに行われていた時期も、北大西洋では、魚が激減して、核実験が終わったあと、一気に元に戻った。決して乱獲のせいなどではなかったのだ。このことは、今でも世界中の原子力発電所の近くで起きている。クジラやイルカも、川に流した放射性物質によって、みんな影響されているのだ。」 何度も言いますが、それでも原子力発電所は、海への放出をフィルタして、ちゃんとモニタしていると言いますが。 S博士「だから、そんなフィルタがあれば、固形の廃棄物の心配だけで済むから嬉しいよ。でも現実的には、一部の放射性物質しか取り除けないことは、実績で分かっているのだ。しかも、事故や人為的ミスの可能性も計算にいれてなくても、この状況だ。過去には放出しなくて済んだ放射性物質も、大量にあった訳だ。スリーマイル、チェルノブイリ、これらは、世界中に多大なるインパクトを与えたのだ。我々はチェルノブイリが起きた翌年のアメリカでも、統計データとEPAによるストロンチウム、ヨウ素、セシウムの測定量から、数万人規模で過剰な死者が出たと考えている。」
<「日本は最悪・最低の人権無視の国」とドイツ科学者> http://blog.livedoor.jp/syukenzaimin/archives/52302098.html   ●日本に科学者はいるだろうか。福島の史上最悪放射能事件・破局的大惨事に対して、それを封じ込めようと行動する科学者がいない。元裁判長が一人現れたが、科学者は聞かない。人間と共存できない核・放射能に対して「手を出してはいけない、止めろ」と●科学的根拠に基づいて、正義の声を発する科学者さえも、筆者の耳に届いてこない。 マスコミが邪魔しているだけであろうか。そんなことはない。ネットを使えば、なんでも発進できるが、それもない。ということは、●日本のエセ科学者は原子力ムラにすべて取り込まれていることになろう。その点で、●欧米の科学者のほうが、はるかに良心的である。特にドイツの学者がネット掲示板で活躍、福島や東京の真実を公表している。●「日本は人権無視の最悪の国だ」と断罪しているのだ。その通りだろう。  海外で仕事をしている日本の新聞特派員は、欧米でのメディアに載る「JAPAN」という文字を見つけることに躍起となっている。それを翻訳して東京に送りつける。中には現地人アルバイトを使って、新聞や雑誌の中の「JAPAN」を見つけ出させている、とも聞く。  ところが、3・11で変化した。原発や放射能の影響についての「JAPAN」を封じている。だが、それらを善良な日本人は、ネット掲示板に載せている。筆者がそれを見つけたので紹介したい。ネット掲示板の中には、日本の嘘を暴くものも少なくない。 <ソ連の対応より悪い>   沢山の死者を出した旧ソ連のチェルノブイリ原発事件について、多くの日本人は、その対応のまずさを非難した。ソ連の政治体制批判にも発展したものである。欧米の多くは、そんな国を軽蔑した。そこには沢山の教訓が生まれた。ところが、●日本政府も電力会社も自治体も、それを学んでいなかった。    ●そんなチェルノブイリを検証してきた★ドイツのオットー・フーク放射線研究所長のレンクフェルダー所長は「日本政府の対応はソ連よりも悪い」と決めつけている。  筆者はチェルノブイリを見ていない。そう断定する材料が無かったのだが、ドイツ科学者のこうした指摘に頷くばかりである。菅直人内閣と野田佳彦内閣の罪状は、やはり途方も無く重いのだ。そんな人物がいまだに政権を牛耳っている。哀れ日本と日本人ということになろうか。 <チェルノブイリを超える破局的惨事>   彼は専門家として「福島はチェルノブイリの影響を超えると危惧している」とも語っている。理由も明らかにしている。「人口密度が高い。チェルノブイリの20倍だ。破壊された原子炉から、それぞれ●チェルノブイリの10倍から40倍の量の放射性物質があり、●今もメルトダウンが進行中。さらに住民避難が遅れ、避難範囲も(狭く)不十分だった」と明解に論じている。    以上の理由から、●日本政府は「ソ連政府の対応よりも悪い」と決めつけている。これに野田と原子力ムラはどう答えるか。それは政府・国会・民間の事故調査報告にもいえるのだろう。●チェルノブイリをしっかりと検証してきたドイツ科学者の良心からほとばしる指摘は、決して軽くはない。 <郡山も避難地区>    ●3・11直後のデータから、彼は現場から60キロ離れた郡山市の住民について●「直ちに避難させるべきだった」とも断じた。ああ、これは何ということか。政府は30キロ圏外を「健康に影響はない」と宣伝し、現在もそうしているし、最近になって帰村を勧めているではないか。  ●無知をよいことに、いい加減すぎる対応をしているのだ。それにしても、原発に身をゆだねた代償は計り知れない。これの行政責任一つとっても万死に値する。それでいて、●法律家・科学者が行動していない日本に、ただただ愕然とするばかりだ。  こんな日本人にした元凶は?    江戸時代からの儒教による愚民政策・お上の権威に屈する日本人意識・集団主義も関係しているのだろう。●自立しない・思考しない日本人に、問題の根っこがあるのかもしれない。 <ひどい政府・東電の人権無視>    ●ドイツ放射線研究所長は、日本政府の対応のひどさをも指摘する。「日本政府は国際的評価尺度で福島を4とした。その後に5とした。さらに7と認めた。これは日本国民を騙したことになる」  ●日本政府は3・11直後から国民を欺き、騙してきたのであるが、これに正常に反応出来なかった市民ばかりだった。●欧米の科学者からすると、こんなひどい政府の存在に愕然とするのだ。日本人の民度が測定された場面だった。    ●少なくとも新聞テレビの一つくらい噛みついてしかるべきだったが、それもなかった。●議会も裁判所も言論界もそろって政府の騙しに子羊のように沈黙し、従ったことになる。●これが日本と日本人の姿なのである。   彼はさも日本のジャーナリストの代表のように、東電を断罪した。●政府・議会・マスコミが追及しない東電に対して「いかに人権を無視したか、無知な対応を取ったか。それが今も続いている」とも決めつけた。  ●日本に彼のような正義と勇気のある科学者が存在しないことに、改めて愕然とするばかりである。●国民に奉仕しない学問は、むしろ有害無益である。 <地下水に到達するとアウト>    ●ドイツ・バイエルン州の環境団体の会報誌が、ドイツ放射線防護協会会長のインタビュー記事を載せている。会長の名前を確認できなかったが、彼の発言も専門家としてのものだから、その指摘は重い。  ●「もはや原発事故の被害を食い止めることは出来ない」と断じる。原子力ムラの言い分を否定している。●筆者が「核と人間・地球は共存できない」と主張する理由でもある。    「メルトスルーした燃料が地下水に到達しないことを祈るのみだ」と福島を総括した。●メルトダウンした核燃料棒は、格納容器を突きぬけて地中にのめり込んでいる。●それが海水を汚染しているであろうことは容易に想像できる。同時に、それが地下水にも?    ●地下水が放射能に汚染されると、それこそ重大な事態を発生させる。あるいは、嘘と隠ぺいの政府・マスコミによって、この事実が隠されていないだろうか。実に恐ろしい。この世に神仏などいないのだろうが、●こんな場面では誰しもが「祈る」という言葉しか出てこない。 <汚染地域食べ物キャンペーンに驚愕>   皇国史観を県民に植え付けようとしている、などと非難を浴びている埼玉県の上田知事が、東北の瓦礫受け入れ宣言を行ったらしい。石原都知事の右にならったものだろう。★不思議だ。東京の瓦礫受け入れ地区の江東区の放射線は、異常に高い。大田区の焼却場でも、燃やすと濃縮するため、ここも高いと専門家に教えてもらったばかりだ。   これが風によって都内に舞いあがり、それを吸い込むと内部被曝になる。●低線量の内部被曝の恐怖は、チェルノブイリやスリーマイルで判明している。内部被曝は、このほか汚染食品から起きる。    ●この科学者が一番驚いていることは ★「汚染地域で生産した食品を政府挙げて食べようキャンペーンをしていることだ。全く理解できない」と吐き捨てる。●日本政府挙げて内部被曝を推奨している、●こんな政府・自治体があっていいのだろうか。まともな日本政府ではない、そう非難しているのであろう。  <まともな計測器で測れ>  先般、品川区から線量計を借りて測定したのだが、とてもではないが、立派な測定器といえる代物ではなかった。第一、●プルトニウムやストロンチウムなどの●猛毒放射性物質を測定できない。  お上は、知られたくない測定結果を封じ込もうと言うのだろう。●ドイツの科学者は「まともな測定器は高価。市民に手が届かない」という。そこで、●そのための支援を始めている、というのである。  本来、人間の命を守るために財閥・富豪は資金援助すべきなのだが、原子力ムラの一翼を担っている金持ちは金を出さない。そのため、まともな測定器がないのだ。そうすることで、●政府と自治体は汚染地区で野菜などを生産し、それを首都圏などの食卓に運んでいるのである。★これはマンガではないか。   <東京はキエフと同じ扱い>   チェルノブイリの教訓の一つを、実は福島でも実践している。ドイツ科学者の指摘だ。それは「人口の多いところを避難地域に指定できない」という政治的な理由からである。   ●チェルノブイリのキエフに相当するのが、東京・首都圏ということになる。●菅直人は当時、首都圏3000万人の避難を想定したようだが、そうなると、日本滅亡を意味するため、それは出来ない。こうした政治判断ではなかったろうか。ドイツのこの科学者が、あえて名前を公表しなかった理由なのかもしれない。    東北人と首都圏人に対して福島は、覚悟を必要としている。そうして考えると、官邸包囲デモの市民の怒りが、今後とも消えることはない。●イデオロギーなど無意味だ。●脱原発政権を打ち立てることこそが、日本の将来を約束するのであろう。●隣国との軋轢などに熱中している時間など無い。  ●命がけで54基の原発を封じ込めることでしか、日本人は生きられないのだ。まともな科学者と法律家はいないのか。
(わが国の防衛産業政策の確立に向けた提言.日本経済団体連合会.2009年7月14日) http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/064.html 本年4月、北朝鮮が国連安全保障理事会の決議に違反して長距離弾道ミサイルを発射し、5月には地下核実験を行うなど、北東アジアの安全保障環境は緊迫化している。こうした安全保障環境のもとにおいて、防衛省・自衛隊の役割は、わが国の防衛のみならず、インド洋、イラク、ソマリア沖でのテロ・海賊対策等、海外派遣を含む幅広い範囲へと拡大してきた。 かかる状況のもとで、本年末に新たな「防衛計画の大綱」および「中期防衛力整備計画」が策定される。日本経団連では、現在の防衛大綱および中期防の策定に向けて、「今後の防衛力整備のあり方について」(2004年7月)をとりまとめている。今回の大綱策定に対しても、わが国の防衛技術・生産基盤の維持・強化のため、新しい安全保障環境のもとでの防衛産業政策の確立に向けて、以下の通り考えを述べる。 1.防衛産業の現状 防衛力は国民の安全・安心を守る安全保障の要であり、その重要な要素である防衛装備品の開発・生産を担っているのが防衛産業である。わが国の防衛産業は、「産業」と称しているが一般に大企業の一部門が防衛を手がけているケースが多く、防衛事業の比率は高い企業でも10~20%、中には数%にすぎない企業も多い。わが国においては、欧米のような防衛専業の大企業は存在せず、特定の大企業の一部門とその下請けである中小企業が防衛技術・生産基盤を支えている。採算が厳しいプログラムも多く、新規企業の参入も少ない。産業基盤としては規模・体制ともに不十分であると言わざるを得ない。 しかも、わが国においては、防衛関係費の減少傾向が続いており、とりわけ主要装備品の新規契約額は漸減し、1990年度のピーク時の6割程度の水準の約7,000億円に落ち込んでいる。防衛装備品の調達数量は徐々に減少し、この数年間全く調達がない装備品もある。そもそも中期防衛力整備計画で示された調達数量が達成されず、企業の生産計画に変動が生じているだけでなく、装備品の調達数量の減少はわが国の安全保障にとって大きなリスクとなっている。戦闘機は2年間新規契約が途絶えており、このまま細々とした生産を維持するのでは、人員の新規採用も進まず、現在の技術者や現場技能者などの退職に伴い、後継者がいなくなる事態に陥ることは必至である。このような厳しい環境のもと、各社とも人員削減や民生部門へのシフトなどで対応してきたが、これも限界に近づいており、すでに防衛事業から撤退したり、撤退を検討している企業も少なからず出てきている。 2.わが国の防衛産業をとりまく環境変化 わが国の防衛産業は、第二次世界大戦までに培われた産業基盤を基本的に活用してきた。ただし、戦後の防衛生産空白期の技術的な遅れを取り戻すために、戦闘機はじめ第一線の装備品は米国製のものが導入され、米国からの技術導入・ライセンス生産によって技術力の不足を補い、一方でわが国固有の運用要求が求められる装備品は、わが国の高度な民生技術の応用を進め、コスト面でも効率的に、国土・国情にあった独自の装備品が開発されてきた。わが国は、防衛分野における政府の研究開発投資が欧米諸国に比べて少なく、戦闘機など主要装備については、新たな技術分野に挑戦し新製品を開発するより、米国で実証された技術・装備品の導入により装備体系を維持してきたのが実態である。しかし、近年、こうした状況に大きな変化が起きている。 第1の変化は、いまや米国はじめ先進諸国は最先端の防衛技術の流出について非常にセンシティブになっていることである。同盟国といえども、これまで通りに最新の装備品や関連技術が提供・開示されることは困難であり、わが国が最新の装備品を外国から調達できる可能性は低下している。輸入できたとしても、中核技術はブラックボックス化されたり、運用支援を外国に依存せざるを得なかったり、ダウングレードされたスペックの装備品を提供される可能性も高く、運用の自律性という面で問題が多い。 第2の変化は、防衛関係の受注が減少していることに加えて、事業毎の採算性が重視される経営環境の中での世界的な経済危機である。防衛部門は、民生部門の豊富な研究開発投資で培った先端材料・エレクトロニクスなどの技術や、製造面での高精度・精密加工技術、その設備などを活用することで、防衛への研究開発投資の少なさを補い、最新の装備品を開発・生産してきた。また、人員等のリソースも民生部門と融通を図り、効率的な生産体制を維持している。しかし、昨年秋からの民生部門の業績の急激な悪化により、これまでのような民生部門の技術やリソースの活用による防衛事業の運営は困難な状況となっており、防衛部門自体としての事業の維持・強化が求められている。民生部門に頼らない形で防衛産業が発展し、防衛技術・生産基盤を維持・強化するために、政府の明確な防衛産業政策が必要である。 3.防衛技術・生産基盤の意義 防衛産業は防衛装備品のライフサイクル全般にわたり、開発・生産、部隊配備、運用支援、能力向上等によって防衛の一翼を担っている。このための防衛技術・生産基盤の意義は以下のとおり多岐にわたっており、基盤を維持・強化することは、国民の安全・安心を確保するため国としての重大な責務である。 (1)高度な技術力による抑止力と自律性の確保 高いレベルの技術力を有することにより、他国からの侵略に対する抑止力や外交交渉力を高め、防衛装備品の調達を他国に頼らない国家としての自律性を確保する。 (2)迅速な調達・運用支援と装備品の能力向上 緊急事態における調達、故障時の不具合の調査や修理等に対する迅速な対応、技術進歩に応じた装備品の改修・能力向上を実施する。輸入品では、海外に修理を出す場合は長期間を要し、その間の運用のため多くの予備品を用意しなければならないなど、かえって多くの費用が必要になることも多い。 (3)国土・国情にあった装備品の開発・生産 四方を海に囲まれ、山岳地帯や離島が多い日本列島の地理的環境や、専守防衛を第一とする基本方針にあった、わが国の防衛にとって最適な装備品の開発・生産と運用支援を行う。 (4)技術・経済波及効果 防衛技術・生産基盤を活用し、国内への投資により開発・生産を行うことは、国内産業の発展、経済成長につながる。また、最先端技術である防衛技術の開発は、新たな技術的ブレークスルーをもたらし、民生部門への大きな技術波及効果が期待される。米国で開発された軍事通信網、軍隊の位置把握のための先端的技術が民生部門へ波及し、いわゆるスピンオフによって、インターネット、GPS衛星を利用した自動車のナビゲーションシステムなどに発展し、世界中の経済社会に大きな影響を与えている。 (5)輸入やライセンス生産におけるバーゲニングパワーの確保 外国からの装備品の輸入、国内でのライセンス生産に際しての価格交渉にあたって、自ら開発・生産できる能力は国としてのバーゲニングパワーの確保につながる。 4.適正予算の確保と重要分野への集中投資 不安定な安全保障環境が続くなかで、自衛隊の任務の多様化が進んでいる。わが国の防衛関係費は減少傾向にあるが、安全保障にとって不可欠な装備品を取得するためには適正な規模の予算の確保が必要である。その前提のもとで、厳しい財政状況のなかで防衛技術・生産基盤の意義を踏まえ、わが国にとって重要となる以下の3分野に対して集中的に投資し、磐石な安全保障体制を確立すべきである。 (1)システムインテグレーション能力の向上等 「抑止力と自律性」、「迅速な調達・運用支援と装備品の能力向上」等の観点から、防衛技術の急速な進歩を背景に、新たな脅威や多様な事態への対応が必要となっており、脅威への弾力的な対応能力の維持、運用支援能力の確保を図るために個々の要素技術とそれをシステム全体としてとりまとめるシステムインテグレーション能力の向上が必要な分野である。こうした能力は、長期にわたり大規模な投資を必要とし、いったん基盤を喪失すると回復が困難である。具体的には、戦闘機、哨戒機、ヘリコプター、護衛艦、ミサイルシステム、航空エンジン、C4ISR #1 等のシステムインテグレーション能力ならびに精密誘導、ステルス、センサー等の要素技術が該当する。とりわけ、戦闘機の国内技術・生産基盤は弱体化しつつあり、次期戦闘機については国内の基盤を維持できる形での導入が必要である。 1 Command (指揮), Control (統制), Communications (通信), Computers (コンピューター), Intelligence (情報), Surveillance (監視), Reconnaissance (偵察) の略語。敵の状況を正確に把握し、味方を適時適切に運用するための機能。 (2)わが国固有の運用要求への対応 わが国の国土・国情から必要となる運用要求に対応し、また専守防衛の基本方針に合致した装備品の独自開発を行うため、国内に技術・生産基盤を維持することが非常に重要な分野である。具体的には他国に依存できない潜水艦・魚雷、戦車・火砲・弾薬、飛行艇等が該当する。 (3)技術の国際的優位性の確保 「技術・経済波及効果」の観点から、科学技術創造立国として、防衛と民生両部門が連携して、総合的に技術の国際的優位性を確保するため、防衛部門への投資が民生部門に波及し長期的な経済発展につながることが期待される分野である。具体的には、航空機、センサー、新素材等が該当する。 5.輸出管理政策の見直しによる安全保障強化と国際平和維持 1967年の武器輸出三原則および1976年の武器輸出に関する政府統一見解(以下、両者を合わせて「武器輸出三原則等」と言う)により、わが国ではこれまで一部の例外を除き、武器および武器技術の輸出が実質的に全面禁止とされてきた。一方、日米の安全保障協力が進むなか、弾道ミサイル防衛システムの日米共同開発・生産については例外として扱うことになっている。また、テロや海賊対策に関する途上国への貢献の観点から、すでにODAを活用したインドネシアへの巡視船艇の供与が実現している。 わが国の武器および武器技術に対する海外からのニーズは多岐にわたっており、その内容や最終の仕向け先、用途を総合的に勘案し、その製品や技術を提供することがわが国や国際社会の安全保障・平和維持に対してどのように貢献するかを判断基準として、一律の禁止でなく個々のケースについて検討し、適切に対応することが必要である。かかる観点から、平和国家の基本理念を踏まえつつ、武器輸出三原則等を見直すべきであり、まず以下の事例について検討する必要がある。 (1)欧米諸国等との国際共同研究開発 政府間の共同開発プログラム 現在、開発が進められている次世代戦闘機 F-35(JSF:Joint Strike Fighter)のように、装備品の高機能化・高価格化に伴う国際共同開発が欧米を中心に盛んに行われている。こうした国際共同開発においては、ハードウェアや武器技術の輸出が必然的に伴うことから、わが国は参加してこなかった。しかし、すでに一国だけで最先端装備を開発・生産する時代は終了したと言っても過言ではなく、その取得のためには、研究開発の段階から積極的に国際共同開発に参加すべきである。開発終了後に開発参加国に先駆けて装備品を調達したりライセンス生産することは極めて難しく、開発初期段階から参加することが最先端装備を早期に取得し、わが国の防衛力を強化するために最も有効な方策である。 民間レベルの共同研究等 政府間による装備化の正式決定の前に、先端的な装備品の要素技術について基礎的な共同研究が民間企業間で行われることがある。こうした初期の段階に日本企業が参加することも、防衛産業の技術力向上とわが国の将来の装備化に向けて重要である。 また、外国政府プログラムに民間レベルで参画し、外国メーカの下で構成品の開発・生産を担当する場合についても、検討する必要がある。 (2)ライセンス提供国の装備品取得ニーズへの対応 わが国が欧米諸国等からライセンスを取得して生産している装備品のなかには、ライセンス元での生産がすでに終了し、スペア部品等の調達に支障をきたしているものがある。こうした装備品をライセンス提供国の取得ニーズに応えて日本から輸出することにより、装備調達における支援や両国関係の強化が図れるだけでなく、結果的に調達数量の増加を通じたコスト低減につながる可能性もある。 (3)装備品開発における輸入品調達に関する技術提供 防衛省向け装備品の開発において海外から部品を調達する場合、外国企業に発注仕様を日本から提示する必要がある。その際、関連技術を提供しなければならない場合があり、適切な対応が求められる。 6.防衛における宇宙開発利用の推進 2008年5月に成立した宇宙基本法により、専守防衛の枠内において安全保障分野で宇宙を利用することが可能になった。また、本年6月に宇宙基本法に基づいて策定された宇宙基本計画では、安全保障分野での新たな宇宙開発利用として、早期警戒機能のためのセンサーの研究、各種衛星の防衛での活用によるデュアルユースの推進等が盛り込まれた。 これを踏まえ、防衛大綱および中期防において、早期警戒衛星や偵察衛星、射場の開発・整備等についても取り上げるべきである。予算については、政府の宇宙開発戦略本部に特別予算枠を設け #2、それを活用することを検討すべきである。 2 日本経団連の提言「戦略的宇宙基本計画の策定と実効ある推進体制の整備を求める」(2009年2月17日)では、「将来的には、既存の予算に加えて(宇宙開発戦略)本部の特別予算枠を設け、重要プロジェクトの推進を図るとともに、本部による一括要求も含めた宇宙関係予算要求のあり方についても検討すべきである」とした。 7.安全保障の確保に向けた防衛産業政策の策定 安全保障政策は国家の根幹であり、それを担保する防衛技術・生産基盤の維持は国が責任を持って行うべきである。近年、大地震等の自然災害に際して派遣された自衛隊の活動に関する報道が増えてきた。また、インド洋やイラク等で使命感を持って活動する自衛隊に対する国民の関心は日増しに向上し、安全保障の重要性に対する理解は着実に深まっている。 政府は、国民の期待に応え、わが国の安全保障に係る基本方針を明確に示したうえで、防衛産業が担っている防衛技術・生産基盤の維持・強化を図るため、長期的観点に立った防衛産業政策の策定を防衛大綱に盛り込み、それを実行すべきである。具体的には、すでに述べたように、防衛技術・生産基盤を維持するための適正な規模の予算の確保、重点分野への集中投資、武器輸出三原則等の見直しによる国際共同研究開発の枠組み構築などの施策の実施である。国の防衛力とは国の技術力、開発・生産能力そのものであり、技術あってこその抑止力である。 日本経団連としても、安全保障の強化のみならず防衛産業の振興を通じた経済発展に向けて、企業の自主的な研究開発の推進など、産業界として防衛技術・生産基盤の維持・強化に努めていく所存であり、政府の一貫した防衛産業政策の策定を期待する。 以上 参考資料
(東日本大震災:福島第1原発事故 茨城・千葉の土壌、10市町で4万ベクレル超 事故直後、管理区域基準超す) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120925-00000018-mailo-l08 茨城、千葉両県の市民団体と常総生活協同組合(本部・守谷市)は、茨城県南部と千葉県北西部の土壌に沈着した放射性物質濃度を調べた結果を発表した。15市町約1000カ所のデータを集約。東京電力福島第1原子力発電所事故直後の放出時の数値を推定し、阿見町や竜ケ崎市など10市町で、平均値が放射線管理区域の基準値(1平方センチ当たり4ベクレル=1平方メートル換算で4万ベクレル)を超す濃度だったとしている。  土壌の調査は両県の約20団体でつくる「千葉県北西部・茨城県南部の土壌汚染調査プロジェクト」が主体。昨年から今月にかけて、15市町を1キロ四方に区切り、1枠の中から住宅地の空き地や公園など(非除染地点)を選び、1キロを採取。実測値から半減期を逆算し、福島第1原発事故直後の放出時の数値を推定した。  プロジェクトの脇ゆうりかさん(千葉県松戸市)は「空間線量だけでなく土壌沈着も合わせて、生活圏で最初にどれだけ汚染されたのかを意識し、今後の子供たちの健康調査を見守っていきたい」と話している。  一方、常総生協は両県の組合員の子供30人を対象に、来月下旬から3カ月ごとに3回の尿検査を独自に始める計画だ。  原発事故直後の土壌沈着の推計濃度は阿見町(65カ所平均=1平方メートル当たり8万559ベクレル)▽竜ケ崎市(98カ所平均=同5万5558ベクレル)。同生協はデータをホームページで公表した. (常総生協が公表したデーター) http://www.coop-joso.jp/radioactivity/result_soil.html#tone … 
(黄色い雨の正体が花粉とかうさんくさいな.) http://ameblo.jp/kobatatu01gangal/entry-10863154399.html >あの黄色い雨は、やはり花粉じゃなかった!チェルノブイリ時にも >東京で黄色い雨を観測。花粉という言い訳はチェルノブイリの黄色い雨の嘘そのものだ    2011年3月24日 日本政府が、確認された黄色い雨は単なる「花粉」だと繰り返す中で、チェルノブイリの核による惨事の後に発生した、非常に似通った現象を多くが想起している。 不安に駆られた市民からの数百もの問い合わせを受け、日本の気象庁は雨が花粉だと確認している・・・ この説明は、チェルノブイリの惨事の後に降った黄色い雨の事を多くに想起させている。 ゴーメリ(Gomel)、ベラルーシ(Belarus)で降った黄色い放射性の雨は、単なる花粉であり心配する必要はないと政府当局者が主張していたのと同様の説明が日本でもされている。今の私たちがそれは厚かましい嘘だと知っているにもかかわらず。 チェルノブイリの場合 - 黄色い雨: 「私たちは黄色い水溜まりに飛び込んだ。空気の中でそれは見えず、実体化もしていなかった。しかし、黄色い塵が見えたなら、放射線を見ていることになる」とセルギエフ(Sergieff)は話している。 事故の原因は、高い圧力が加わった蒸気が文字通り原子炉の上部を吹き飛ばす原因となった、小さな実験の失敗によって連鎖反応を招いたものであった。 国連のチェルノブイリに関する公表の要約によると、結果として広島や長崎に投下された原子爆弾の100倍以上もの放射線が放出されたという。 放出された不安定な元素の中には、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90やプルトニウム239があった。科学者によると、それら元素に曝された場合、また特にこのような高濃度の場合、細胞の機能が決定的に弱められ、DNAが損傷を受けるという。 これら元素が、20数年前にセルギエフの地に最初に到達した際、黄色い雨が降ったという。 幾ばくもなく彼女の故郷の住民は、政府の役人が彼女らに請け合っていたものが、単なる「花粉」ではない事を知ったと彼女は話している。
(医師Bandazhevskaya #放射能 奇形、心臓病多発 #福島 とチェルノブイリ12May12) ベラルーシの小児科医の現地報告。奇形、心臓病、白内障などが新生児から発症の異常事態がおきた.

2012年9月24日月曜日

*核戦争反対国際医師団体.IPPNWドイツ支部から. (福島の人々の健康は,守られなければならない.) http://www.ippnw.de/startseite/artikel/6fd92cf685/gesundheit-der-menschen-in-fukushima.html IPPNWの医師達は福島の原子力事故による健康影響が増加しているので,その為の医学研究を支援するよう国連科学委員会(UNSCEAR)と世界保健機関(WHO)ドイツ連邦政府に要請した. 国連科学委員会(UNSCEAR)の研究は,過小評価され,彼等は放射線による健康への影響を理論的に先導している. 色々な情報から,福島原発事故が原因で,多くの人達が放射線1ミリシーベルト以上被曝したと思われる. *独立した疫学研究の早期確立と全ての人々の医学的なデータ-が必要である. これらの研究は、子どもの甲状腺スクリーニングだけではなく,チェルノブイリ事故後に調査されたように放射線による他の疾病の広範な調査データ-が必要である.と IPPNWの Angelika Claußen博士 とDörte Siedentopf博士が述べている. 2012年8月28日、ドイツの医師Angelika Claußen 博士とDörte Siedentopf博士と共にIPPNWの国際専門家,医師達30人のメンバーが福島県を訪問した. 日本の独立した専門家達と話し合った結果,避難した母親達のグループと個人的な話し合いをした. *日本政府だけでなく、1部分の医師たちは拡大している放射能の危険性を軽視している. 例えば広地域での除染後(10メートルを測定したら)年間規定量1ミリシーベルトを超える高い放射線量を検出した.でも危険でないと報告されている. "この汚染された地域で,親は自分の子供を,どこで,遊ばせるのか?"と Siedentopf博士は当局に質問した。 2012年夏に、日本政府は、福島県の11市町村で,放射能汚染された土壌の除染を開始した. 避難地域20キロ内,北西に隣接した避難地域外など,8県の104市町村は、年間1ミリシーベルトを超える放射線量である.(国際放射線防護委員会は、国民に対して年間放射線規定量は1ミリsvと定めている.) 日本政府と地元の自治体は高汚染にもかかわらず,避難した住民や子供達に,福島県に戻るよう要請している。 高度に汚染された飯舘村で,クラウセン博士は土壌を測定し,1時間1.9マイクロSVから43.85マイクロSVまでの放射線量を検出した. 津波の地域から数千人が飯舘村に避難した. 市長は飯舘村を維持するために,長い期間,住民の避難に抵抗した,そのために,飯舘村の住民は余りにも遅すぎる避難になった. 原発に批判している科学者が4月上旬に放射線量を測定し,高い放射線量で危険であると報告し, 2012年4月12日に日本政府は飯舘村を避難させなければならなかった. 発電所から約60キロ離れた飯舘村では,ヨウ素錠剤はまだ,配布されていなかった. *多くの人達が避難した,汚染地域の放射線量は,毎時0.25マイクロSVから2マイクロSVである.これは年間2.25ミリシーベルトから18ミリシーベルトの放射線量である. 福島県内の病院はホットスポットにある. クラウセン博士は "なぜ、病院を閉鎖しないのか?"と福島県の当局に尋ねたが,当局から何も返答がされなかった. チェルノブイリ事故後,南ドイツ.バイエルン州は年間1ミリシーベルトの放射線量に汚染された. 少なく汚染されたバイエルン州北部に比べ,バイエルン州では、先天性欠損症や乳児の死産の数が大幅に増加した. 福島医科大学の山下俊一教授は福島県の放射能のアドバイザ-であり,放射線量100ミリシーベルトは健康に安全であると住民に伝えている. 福島の子供達の甲状線検査の結果で35%の子供達が甲状腺結節と甲状腺嚢胞が見つかったが,彼は健康に影響が無いと発表している. 山下 教授は2年半に子供達の甲状線の再検査をするように述べている. 福島県の母親や他の地域の医師達は、セカンドオピニオンを求めるよう要求したが、山下 教授は一貫して拒否した. 良いニュースは,原発からの即時脱退を要求して,日本の各地で反原発グループが作られたことである. フリーのジャーナリストやインターネットのメディアが日本国民を支援している. 毎週金曜日にデモをしている " 素人の乱"(素人の決起)は全ての原発の廃止を要求している. *今年の5月にWHOの,福島についての健康調査報告に対してIppNWドイツ支部の Alex Rosen 博士がWHOに対して批判した論文が下記に掲載されています. http://www.fukushima-disaster.de/fileadmin/user_upload/pdf/deutsch/ippnw_analyse_who_report_fukushima_140912.pdf (EMI.KIYOMIZU訳) (ドイツの活動家からのメッセ-ジです) *愛する日本の人達へ.*  (ドイツの活動家から反原発運動で教えられたこと) 10月4日に我が街で福島で何が起こっているかを,市民に報告します. 私達,反原発グル-プのアクションです.彼らは30年以上戦ったドイツ人の反原発活動家で素晴らしい人達です. 私は彼等から,皆で議論し最善の知恵を結集すること,絶対に負けない,諦めない,持続した戦い.より団結する戦い. 将来,継続した運動がされるよう,若い人材を育てる事や,毎日,各人が数人に原発の脅威を伝える草の根運動の方法などを学びました. 数ヶ月で数倍の味方が増え,日本政府の脅威になるだろうと彼等は語ってくれました. ドイツも30年間戦ったのだ.日本は戦いが始まったのだよ!負けるな,諦めるな!日本の国を変革しろ!福島の子供達を疎開を要求しろ!と言われました. このメッセ-ジを皆様に伝えたいと思います. 日本の悪との戦いを再び始めましょう!       ドイツから.EMI.KIYOMIZU
尿中のセシウム、具体的な事実から科学すれば「安全・安心」とはいえない:矢ケ崎克馬氏の警告 http://peacephilosophy.blogspot.de/2012/09/blog-post_19.html?spref=fb
低気温のエクスタシーbyはなゆー: 【脱原発の終焉】枝野経産相が「原発を今後20~30年以上は活用する」 枝野経産相は、再生可能エネルギーによる将来の電力確保が不確定であることなどを理由に、「原発は重要性を持っている。少なくとも(今後)20~30年は活用する」などと理解を求めた。 http://alcyone-sapporo.blogspot.de/2012/09/blog-post_9227.html?spref=tw
【やばそうなデーターが公開された】 常総生協 (土壌沈着量調査結果 2012年9月24日.) http://www.coop-joso.jp/radioactivity/result_soil.html#tone

2012年9月23日日曜日

福島 最大の線量率(1時間1.6ミリシーベルト!) http://takedanet.com/2012/09/116_2331.html 2012年(今年)9月21日の報道によると、「福島第1原発事故が起 きた2011年(昨年)3月の空間放射線量で最大なのは、原発から北西に約5・6キロの双葉町上羽鳥で、12日午後3時に毎時1.59ミリシーベルトだったことが福島県から1年半経った9月21日に公表された。 福島県は一般の人の年間被ばく線量限度1ミリシーベルトをわずか38分で超える数値で、この最大値は1号機の水素爆発前であることから「爆発の前から放射性物質が漏れ出していたと考えられ、風向きが影響した可能性がある」とした。 事実は事実としてまずは認識するとして、実に不見識、不親切な内容だ。 ・・・・・・・・・ まず第一に、当時の政府(枝野官房長官)、原子力保安院、それに東電の発表と事実の関係である。この値は、モニタリングポストの自動計測値だから、測定直後に政府は把握している。 地震によって原子炉が自動停止してからすでに丸1日経っているから、緊急の警戒態勢に入っている。1号機の爆発は3月12日午後3時36分であり、観測値は3時だから爆発前である。しかも、その量は「38分で被曝限度を超える値」である。 つまり、これまで「直ちに健康に影響がない」というのは、1年1ミリを超える場合でも低線量なら白血病が2年目ぐらいから、甲状腺ガンが5年目ぐらいからだから、「直ちに」は間違いではないという言い逃れ(私にはまったくの言い逃れで、適切ではないと思われるが)をしていたが、2日15時間が100ミリシーベルトを超える場所があるということを知っていながら、言ったとなると、これは「故意」であり、明らかな「犯罪」である。 またこの情報はNHKは知っていたと考えられる(もし知らなければなぜモニタリングの値を取材しなかったのかを釈明する必要がある。受診料はそのために払っているから)。報道しなかった理由をハッキリさせることが求められる。 ・・・・・・・・・ 第二に、発表の時期と福島県のコメントである。「危険を避けるには、正しい情報を早く」というのが鉄則だが、この情報は速報性が必要なのに1年半を経て発表されている。この理由はなにか? 次に、仮に福島原発から「放射線」が出ていたら、NHKで東大の先生が解説したように「距離による。距離の二乗に反比例して減る」ということになる。もしそうなら「漏れた瞬間」には双葉町に到達する。 ところが原発からは「放射線」はでない。東大教授の解説はウソであり、原子力の専門家なら誰でも「放射性物質が風で流れる」ということを知っている。当時の放射性物質の流れは1時間に30キロぐらい(風速8メートル前後)だから、12日の2時半頃、福島原発からかなりの放射性物質が流れたことになる。 もともと「なぜ、福島原発から放射性物質が出たのか?」がまだ不明である。原子炉が破壊されていなければ放射性物質はでない。また水素爆発は建物の上部で起こり、それによっては原子炉は破壊しないから、これも出ない。 ということは、2号機などがかなり初期の段階(3月11日か12日未明)で破壊していて、その段階で大量の放射性物質が流れたとも考えられる。3号機の爆発以後なら小規模核爆発の可能性もある。いずれにしても大規模なデータ隠しが行われていることは確かであり、今回の発表でそれが裏付けられた。 発表に1年半を要し、しかもつじつまの合わない発表になったのは、「ウソをつく」ことが前提になっているからだろう。お役人も人生でこんな大きなことを扱うのは一回ぐらいだろう。その時ぐらい、日本人に帰り、自分の保身ではなく、日本の子供達を守って欲しいものだ。 (平成24年9月23日) (福島県郡山市の放射能汚染状況) http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/kou55-4Koriyamap-Airdose.pdf
原子力施設から乳ガンの原因物質が排出されている.肥田舜太郎が作表した前掲グラフをみると1950年の1.7人から2000年の7.3人まで4.3倍になっている.日本の方が、アメリカより明らかに乳ガン死亡率の増加が大きい. http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/note/naibuhibaku/naibuhibaku1.htm#12setsu
(輿石幹事長の続投が証明した野田民主党の絶望さ.天木 直人氏から) http://www.amakiblog.com/archives/2012/09/23/#002387 9月21日の日経新聞が一面トップで、野田首相は再選後に行なう 人事で輿石幹事長を交代させると報じた。  それを読んだ時、私は野田首相にそんなことができるのか、懐疑的 に思って読んだ。  この私の予感は見事に的中した。  各紙が一斉に書き始めた。輿石幹事長続投と。  これで決まりだろう。  日経新聞はとんだ先走り誤報を打ったものだ。  なぜ日経はそんな誤報を打ったのだろう。  好意的に解釈すれば、民主党の再生を願うのであればそれしかない、 だから贔屓の引き倒しに陥って希望的に書いてしまったのだろうと思う。  私はもはや野田民主党などどうでもいいと思っている。  しかし、民主党政権の再生を願うのなら、ここはやはり日経新聞が 期待したように人事を一新して国民の前に再生の気迫を見せるべき だったと思う。  それどころか、もし民主党が本気で国民の信頼を回復して出直す 積もりならば、新しい党首を擁立するぐらいの英断をして出直すべき であったのだ。  その人選が好ましいかどうかは別にして、あの時、細野豪志を対立 候補に立てて野田首相との一騎打ちの代表選挙を行なっていたら、細野 氏が勝って世論の期待も高まっただろうというのが通り相場だ。  それを嫌ったのが、続投に固執する野田首相であり、解散・総選挙の 引き伸ばしをすべてに優先する輿石幹事長であったと、これもまた報じ られている。  なぜ輿石氏は一時はみずから擁立しようとした細野豪志氏を降ろして 野田再選に舵を切ったのか。  それは細野氏が代表になれば支持率が向上し、その余勢をかって解散・ 総選挙が早まる事をおそれたからだとこれも当時報じられた。  これらの報道が正しければ、今度の民主党代表選は野田首相、輿石 幹事長のコンビの思惑通りで動いたということだ。  これを要するに野田首相は野田続投のすべてを輿石幹事長に委ねて いるということだ。  だから野田再選後の人事でも輿石幹事長が留任することは当然なのだ。  それを証明するのが、輿石続投を要請したのは野田首相のほうから だった、という事実である。  そして輿石幹事長はその要請を受け入れるだろう。  普通なら辞退するところだ。  それはけじめとつけるということだけではない。  幹事長というポストは選挙を取り仕切る最重要な役職であり、輿石 氏は選挙の采配がとれる人物ではないからだ。  その事は輿石氏自身も認めているところである。  それにも関わらず輿石氏が幹事長留任を受ける理由はただ一つ。  何があっても解散・総選挙を引き延ばすという宣言である。  しかし、ここに来て解散・総選挙の引き伸ばしについて深刻な事態が浮上 してきた。  それはこれ以上の離党者が出ると野田民主党政権は衆参ともに少数 政党となり、嫌でも解散・総選挙を行なわなければならなくなるということだ。  だから再選後の野田政権の最大の危機は、これ以上の離反者を出さ ないことである。  そのためにも輿石幹事長の協力が野田首相には必要なのだ。  見ているがいい。  10月はじめにも行なわれる内閣改造人事においても輿石人事が幅 を利かせ、離党封じの驚くような人事が平気で行なわれるだろう。  私が輿石という政治家をまったく評価しないのは、繰り返し書いて きたとおり彼が政策ではなく政局の政治家であるからだ。  しかも国対を優先する古い政治家であるからだ。  どんなに引き伸ばしても来年夏までの政権であるのに、そしてそれ まで政権にとどまる以上は国民のために政策を最優先しなければいけ ないのに、政権維持をすべてに優先する。  輿石幹事長の続投は、すなわち野田民主党の未来が国民にとって 絶望的であることの証明なのである。                              了
外交なき政権の、選挙対策としての領土紛争(1-3) ◆ http://archive.mag2.com/0001332092/index.html 1 外交なき政権 民主党は、最初から最後まで、国内政局に終始し、マニ フェスト裏切りを実行してきた。 民主党政権は、わが国の国益に沿って、尖閣問題を中国 と話し合い、解決を準備してこなかった。外交なしのそ のツケが、石原慎太郎、前原誠司、野田佳彦の動きで一 挙に露出してきた。 民主党の議員は中国・韓国の政治家たちと交流している のだろうか。「外国視察」の対象も、この2国は国家戦 略として出かけてゆかねばならないほどに、とくに重要 である。 大臣が国際会議でたまに会って話すのでは、意思疎通は 図れないように思われる。大切な中韓との政治のパイプ が、小沢一郎なき野田政権では切れているのである。こ れは意識的に作ってゆかねばならなかった性格のもので ある。 しかも野田らの考えていることは、ここにいたっても政 局である。選挙での、消費税増税と原発再稼働の争点隠 しに、韓国李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸 や、尖閣を利用しようとしている。 紛糾する外交・領土で、消費税増税や原発、オスプレイ、 TPPの争点化を隠す。選挙の争点を外交・領土にすり 替える。消費税増税の廃止(凍結)を掲げる国民の生活 が第一を、マスメディアから消し、日本維新の会に票を 集める。その策動が、マスメディアを総動員して行われ ている。 このようにして国民はだまされ、民・自・公と日本維新 の会に投票する。そのような危険な企てが進行している。 中国敵視の情宣は、中国に信頼されている政治家、たと えば小沢一郎などを間接的に排除する動きへとこれから 繋がってゆく。 2 他国のメディア 今回の尖閣をめぐる動きで、日本のマスメディア、とり わけテレビの悪質さが明確になったように思われる。け っして国民を押さえない。むしろ中国に敵意を持たせる べく国民を煽る。 テレビが、尖閣ネタの反中キャンペーンと、国民の生活 が第一潰しの、橋下新党盛り上げで、フル回転している。 尖閣を仕掛けたのは日本である。この結果を招いた前原、 石原、野田を批判し、インタビューしないと、ジャーナ リズムにならないだろう。マスメディアに権力を監視す る自覚がない。本質は大本営発表を降ろすだけの御用メ ディアであり、まったく戦前と体質は変わっていない。 テレビに持ち上げられている橋下は、テレビが作った、 弱者切り捨て、福祉切り捨て、原発推進、消費税増税推 進、対米隷属の切り札にすぎない。 ところで中国国内のデモの沈静化と同時に、まるでそれ を見越したようにオスプレイが岩国を離陸した。仕組ま れているのだ。他国の内政問題も、現在は、国際的な既 得権益支配層の協働・排除の目的のもとに仕掛けられて いる。消費税増税、原発、ACTA、オスプレイ、TP Pと皆そうである。 日本一国だけで決めている大きな政策などひとつもない。 すべて外国、とりわけ米国が絡み合い、ジャパンハンド ラー(アーミテージ(元国務省副長官)、キャンベル (国務次官補)ゲーツ国防長官、カーチス・コロンビア 大教授、マイケル・グリーン)らが決めているものばか りである。 3 石原が都で購入を検討 2012年4月16日、訪米中の石原慎太郎東京都知事 は、ワシントンで講演した。そして東京都が沖縄県・尖 閣諸島を購入する、と記者団に語った。 石原が尖閣や竹島の領有権で騒ぐ前に考えてほしいこと がある。それは本物の憂国が、対米自立に向かうという ことだ。現在のわが国で、民族の真の矜恃が試されるの はそこなのだ。 オスプレイで米国に何もいえない政治家が、韓国や中国 だけに啖呵を切ってみせるのは、おかしいのである。 沖縄も、日本固有の領土である。横田基地もわが国固有 の領土だ。石原は、尖閣の火遊びをやめて、都知事とし て横田基地の返還を米国に求めるべきだ。尖閣にゆく元 気があるのなら、横田でハンガーストライキなど簡単だ ろう。 石原の憂国の嘘は、米国に対しては向かわない。中国に 対してのみ、極端に国民を煽動してみせる。 それにしても、日本のマスメディアは、対米隷属の人間 は叩かない。だから尖閣紛争に関して、きっかけを作っ た石原も前原も野田も無風である。腐った、まさに他国 のメディアである。 もし尖閣購入を、対米自立を唱える政治家がやっていた ら、今頃は、連日、袋叩きに遭っていただろう。 つまり言葉の本来の意味において、日本にジャーナリズ ムは存在しないといっていい。つまりわが国独自の、国 益を主張するマスメディアなどないのである。 (「その2」へ続く) 4 国で購入 野田は、9月10日に、尖閣諸島の国有化に関する関係 閣僚会合を開いた。そこで、魚釣島、南小島、北小島の 3島を国有化する方針を決めた。購入金額は20億5千 万円であった。 藤村修官房長官は、10日の記者会見で、こう語った。 この理由付けが子供だましで、いかにも嘘吐きの政権ら しい。 「所有者が売却したい意向を示した。第三者が買えば平 穏かつ安定的な維持管理の目的が果たせなくなる」 まるで中国のために、過激な石原ではなくて国が買って やったのだ、といわんばかりである。こんな子供だまし が領土問題で通用する筈がない。領有で揉めている領土 なら、個人より都の購入が、国ならそれ以上に、相手国 を刺激するのは当然ではないか。 現在の日本の閉塞と減衰の中心に、政治家と官僚、企業 家、学者、マスメディアの想像力の欠如があるように思 われる。消費税増税、原発、TPPとすべてそうである。 こう動いたら、こうなる。その想像力が最も必要なのは 尖閣だ。 たとえば自民党の石原伸晃である。 9月11日夜のテレビに出演して、尖閣諸島の国有化に 関連し、中国は「攻めてこない。誰も住んでいないんだ から」と語った。この程度の認識で、総理になって、親 父の慎太郎に煽られて、見当外れの戦争をされたら、わ たしたちはたまったものではない。 野田らが、これまでの棚上げ論を勝手に反故にして強引 に国有化したのだから、中国もこれから遠慮なく国有化 を宣言して上陸するだろう。中国が上陸して、軍艦も繰 り出して睨み合いが続けば、そこで中国の実効支配の既 成事実が形成される。安保条約の適用範囲ですらなくな ってしまうのである。 石原伸晃は、中国は尖閣を攻めません、といったかと思 うと、社会保障費の削減に尊厳死がある、と語った。こ の頭の悪さに匹敵するのは、野田の嘘吐きぐらいだろう。 橋下のアジテーションも、かわいいぐらいだ。長老たち が伸晃をかわいがる筈だ。昔からデキの悪い子ほどかわ いいというから。 5 APECでの胡錦濤国家主席の警告 9月9日になった。ウラジオストクで開かれたアジア太 平洋経済協力会議(APEC)で、野田は胡錦濤国家主 席と言葉を交わす機会があった。これが大きなターニン グポイントになった。もし野田が普通の政治家であった なら、やらなかったことを、あまりの愚かさ(何しろデ フレ下で、財務官僚のために消費税増税をやるのだか ら)ゆえに、やってしまったのである。 胡錦濤国家主席は、野田に対し、こう語った。 「中日関係は釣魚島(尖閣諸島の中国名)問題で厳しい 局面を迎えている。日本側のいかなる島の購入計画も不 法かつ無効で、中国は断固反対する。日本側は事態の重 大さを十分認識して誤った決定をせず、中国側とともに 両国関係発展の大局を維持してほしい」 野田はこの「事態の重大さを十分認識して」という胡錦 濤の警告を正確に理解することが出来なかった。それで 警告を無視してしまったのである。 永田町でやっている純粋野党(自民党と公明党を除いた 野党を、そういうらしい)無視、国民無視の態度が、外 国に対しても出てしまったのである。米国にさえ頭を下 げておけば、この世に恐いものなどないと勘違いしてい るのかもしれない。 6 愚か者の侮辱 APECから帰った2日後の、9月11日に、野田は、閣 議で尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の3島を国有化 することを閣議決定した。 政府は午前中に地権者と契約書を交わし、国有化した。 完全に胡錦濤国家主席の警告は無視されたのである。 ここには政治も外交もない。国会でやっている独裁を他 国に当てはめただけだ。胡錦濤国家主席の警告は、まる で「反原連」と会って、最初から聞く気もない話を、た だ直接民主主義のセレモニーとして聞き流した程度の意 味しか持っていなかったのである。 野田が、尖閣諸島を国有化する方針を示したタイミング の悪さには、世界中が一驚したにちがいない。 これは9・18(満州事変の発端となった柳条湖事件)の 1週間前である。かてて加えて9月29日は両国にとっ て大切な日中国交回復40周年だ。10月に入れば10 年に一度の中国共産党大会がある。まさに愚か者が侮辱 してみせたのである。 野田や玄葉には政治や外交以前に、人間的な知恵と感性 が皆無だ。無能なうえに鈍感ときたら、何でもやれる。 今回の尖閣紛争は、日本の政治・外交が崩壊しているこ とを世界に発信した。 繰り返すが、領有権で棚上げしていた領土の国有化宣言 が、中国にとって「国恥の日」とされる屈辱の記念日の 1週間前である。そして日中国交正常化40周年記念行 事、10年に一度の中国共産党大会の直前である。 このタイミングで尖閣の国有化を、しかも胡錦濤の警告 を無視して発表するとは、普通、どの国のトップも、オ バマでも配慮してやらないことである。中国をよく知る 優秀なブレーンがやらせないのだ。 これまで中国が、周恩来・?小平といった建国の大先輩 がやってきたことだから、「棚上げ論」を認め、従って きた。その縛りを日本自らが捨てた。これほどの外交的 愚策は珍しい。 (「その3」へ続く) 7 経済的な報復 中国で猛烈な抗議デモが起きた。そのデモが沈静化する と、今度は中国の経済的な制裁が始まった。 石原慎太郎は21日の定例会見で、自分が尖閣紛争のき っかけを作ったくせに、経済面に影響を出したことにつ いて「私は日本を第2のチベットにしたくない。日本人 はサムライの気持ちを取り戻したらいい」と語った。 対米隷属の、第2の日本になりたくない、原発事故の日 本にはなりたくないと思っている外国は多い筈だ。それ にまず石原自身がサムライになったらどうなのか。尖閣 に上陸するという勇ましいかけ声はどうしたのか。昔か ら、武士に二言はない、というではないか。 それ以上に呆れたのは、野田が19日夜のテレビ朝日の 番組に出ていった言葉である。 尖閣諸島国有化への中国国内の激しい反発について、こ う語ったのだ。 「一定の摩擦が起こることは考えられた。ただ、この規 模は想定を超えている」 「様々なチャンネルを通じて(中国側と)コミュニケー ションを図っていきたい。特使も含めて検討したい」 つまり見通しも甘ければ、戦術も戦略もなく、ただ思い つきでやったのである。かりにコミュニケーションがと れたところで、APECで胡錦濤国家主席から直接にい われた以上のことは聞き出せないのだ。 8 狂った政権 愚かな政治の次にくるのは、狂った政治だ。それが永田 町を席巻している。尖閣問題も、野田にやらせておいた ら、どこまで調子に乗るかわからない。歴史は、戦争が その国の最も優れた知性の判断で始まったのではないこ とを教えている。多分に偶然が左右して、まったく愚か な人物の判断で始まっている。 米国は尖閣への日本の実効支配を認めているが、領有権 は認めていない。米国は尖閣を安保第5条の適用範囲と いう。これは、わが国の、尖閣実効支配を認めていると いうだけのことだ。その現実を追認しただけのことで、 それ以上でも以下でもない。 中国との領有権を巡る軍事衝突が起きたとき、米国は参 戦しない。米国議会が、領有権を認めない無人島のため に、そして何度も領土問題では中立を表明した問題で、 参戦を決定することはないのである。しかも相手は最大 の米国債の購入国ではないか。 まして米国の不参戦は「日米安全保障協議委員会(「2 +2」)の開催」(平成17年10月29日)で、「島 嶼部への侵略」に米軍出動のないことが、明確に規定さ れている。 「日本は、弾道ミサイル攻撃やゲリラ・特殊部隊による 攻撃、島嶼部への侵略といった、新たな脅威や多様な事 態への対処を含めて、日本を防衛し、周辺事態に対応す る」 (引用終わり) つまりわが国の「島嶼部への侵略」(尖閣諸島)に対し ては、日本が自衛隊で対処するとなっているのだ。 もしここで中国が尖閣に上陸して島を制すると、島の管 轄支配も消えて、実効支配は中国に移る。自動的に尖閣 は安保条約の対象外になるのである。 発端が石原・野田の尖閣購入にあることは、明確だ。民 間が苦労して築き挙げた友好を、対米隷属の政治とメデ ィアが壊す。いつものパターンだ。彼らの大好きな消費 税増税のためには景気浮揚が必要だ。そのためには中国 との友好が必須である。こんなこともわからない連中が 国政の舵を取っているのだ。この国の未来を考えると、 暗澹としてくる。 ただ、絶望することはない。いや、現在のわたしたちは、 この国土で壊れた原発ともみ合って生きてゆかねばなら ない子どもたちのために、絶望を禁じられているのであ る。
〔邦訳〕ウクライナ政府の報告書「チェルノブイリの健康被害」 http://archives.shiminkagaku.org/archives/csijnewsletter_010_ukuraine_01.pdf

2012年9月22日土曜日

福島の子供達を犠牲にするエートス・プロジェクト.原発推進派が行なう,エートス・プロジェクト. 【論考資料】エートス・プロジェクトについて) http://besobernow-yuima.blogspot.jp/2012/07/ml-6-ml-17-13-httpyoutu.html みなさま 6月7日にこのMLでフェルネックスさんから伺った、ベラルーシにおけるエートス・プロジェクトの真実についてお知らせしましたが、その後、更に情報をいただき、また、私自身も調査を重ねてきました。まだ途中経過ですが、とりあえず添付のものにまとめてみましたので、ご参考になさってください。医療面についてはフェルネックスさんの方で追跡中ですが、暫くかかりそうとのことなので、現時点での情報をお送りします。拡散してください。 また、できるだけ出典を明記して、多くの方に利用していただきたいと思い、最初は17ページにもなってしまいました。見ていただいた方々からダイジェスト版がほしいと言われたので、13ページに収めましたが、ベラルーシの母親達の声などもご紹介した方がいいと思い、これ以上は削りたくないと思いました。井上さんの資料と重なる点もあるかもしれませんが、とにかく、多くの方がいろいろな場で広めた方がいいと思いますので、これらの資料をご自由にお使いくださって結構です。最終目標は子どもと市民を放射能汚染から救うことですから。 また、この情報をもとにフェルネックスさんに直接インタビューしたコリン・コバヤシさん(フランス在住ジャーナリスト)が日本語字幕をつけてアップして下さったので、ご紹介します。 ミッシェル・フェルネッックスのインタヴュー映像(日本語スーパー付き): <エートス・プロジェクトについて> http://youtu.be/2_oKtjnh52c フェルネックスのクリラッドに寄せた10年前の論考で、<エートス・プロジェクト>を糾弾するテキスト http://echoechanges-echoechanges.blogspot.fr/2012/07/blog-post_16.html 【資料本文】 エートス・プロジェクトについて 市民と科学者の内部被曝問題研究会 牟田おりえ はじめに 昨年末から「エートス・プロジェクト」あるいは「ダイアローグ・セミナー」「ステークホルダー」などの言葉が福島をめぐって飛び交っています。そして、中心人物であるICRP(国際放射線防護委員会)第4 委員会委員長のジャック・ロシャール氏(Jacques Lochard)が日本政府・福島県、そして市民に精力的に働きかけを始めているようです。 ロシャール氏が福島で始めようというエートス・プロジェクトとは何か、その原点であるベラルーシにおけるエートス・プロジェクトについて、ミシェル・フェルネックス教授1に伺い、自分でも調査を進めたので、現時点で判明したことをお知らせいたします。まさに「国際原子力ムラが企んでいること」を知らなければ、餌食にされてしまうという危機感を持ちました。 フェルネックスさんも、犠牲者はいつも子どもである、ベラルーシのエートス・プロジェクトは医学的「惨事」で、それを福島で繰り返してはならないとおっしゃっています。 以下の要点に沿って、述べていきます。 1. エートス・プロジェクト主導者のジャック・ロシャール氏と福島のエートス・プロジェクトの関係について。また、ロシャール氏と共同でプロジェクトを進めてきたテリー・シュナイダー氏(Thierry Schneider)の所属母体CEPN(Nuclear Protection Evaluation Center 放射線防護評価センター)が国際原子力ロビーの中心にあること。 2. プロジェクトの究極の目的が「コスト・ベネフィット(費用効果)」にある点。住民を安全地帯に移住させるコスト、賠償コストと、汚染地域に残して、住民主導とみせかけた「放射線防護教育・ダイアローグ」をする場合のコストとを比較して、エートス・プロジェクトを始めたという経緯が見られること。つまり、プロジェクトの主目的が「政府が住民を汚染地域から出さないために、住民自らが残ることを選択したように見せる」ことである点。 3. モデルとされるベラルーシのエートス・プロジェクトが子どもの健康面を無視し、現地の小児科医の訴えと報告(プロジェクトが進む中で子どもたちの症状が悪化し続けた)を公式報告書から削除したこと。福島のエートス・プロジェクトも汚染地に子どもを残し、健康面と医療面を無視する可能性が大きいこと。 1.ジャック・ロシャール氏と福島のエートス・プロジェクトとの関係 ロシャール氏が関与したICRP(国際放射線防護委員会)主導、福島県庁・日本政府その他主催の「ダイアローグ・セミナー」については「ETHOS IN FUKUSHIMA」ホームページその他で知られているので、あまり知られていない動きに焦点を当てます。その上でロシャール氏とICRP の関係、彼が所長、テリー・シュナイダー氏が副所長を務めるCEPN(Nuclear Protection Evaluation Center 放射線防護評価センター)という組織と国際原子力ロビーとの緊密な関係について述べます。 1.1.福島とエートス・プロジェクト a. 2011 年11 月28 日:ジャック・ロシャール氏が11 月28 日に内閣府「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」委員会で、「チェルノブイリ事故からのいくつかの教訓:生活環境改善に向けたステークホルダー関与の2つの事例、福島に向けた提案」を発表。 ロシャール氏がベラルーシで行ったエートス・プロジェクトを勧めるという内容は、ICRP・福島県主導のダイアローグセミナーと同じであり、日本政府・県庁レベルと市民レベル(ETHOS IN FUKUSHIMA)を巻き込む運動をICRP, OECD などが積極的に進めていると読めます。内容は内閣府からアクセス可: Rehabilitation of Living Conditions After a Nuclear Accident : Lessons From Chernobyl ロシャール氏プレゼンの要点 * ICRP作成の2011/4発行ICRP Publication111(第一執筆者がロシャール氏)について * 汚染地域で住み続けることを前提にしている。 * 住民が自発的に放射線防護にあたること、そのための勉強会をサポートすること(放射能測定、正しい情報提供等)、あくまでも住民主体というスタンスを強調していますが、高濃度汚染地域に住み続けさせることを目的とし、押しつけではなく住民主体の放射線防護運動に見せかける提言と読めます。 b. 2011年11月8日:ロシャール氏の相棒的存在のテリー・シュナイダー氏も同時期にヨーロッパでプレゼンを行っていましたが、彼の発表の方が世界原子力ロビーの企みをはっきり述べていて、わかりやすいです。 シュナイダー氏プレゼンの要点 * 当局(福島県・日本政府)は住民に汚染地域に住み続けるよう提案すべきである。しかし、この決定は住民とのダイアローグ(対話)を通じて生まれる必要がある。 (つまり、住民が自主的に残ると決めたように見せなければならない) * 住民が自分たちの(放射線)防護を自分たち自らで行うこと。 * その地域(福島)の発展を求めるようにするための、経済対策を立ち上げること。 * ベラルーシでのエートス・プロジェクトとコア・プログラム(CORE: Cooperation for Rehabilitation/復興.回復への協力)から生まれた経験を活かすこと。 * 結論:チェルノブイリ事故の経験から得た上記の点は、福島事故の管理/対処に役立つ。 シュナイダー氏のプレゼン資料 主催者のユーロセイフ・フォーラム(EUROSAFE Forum)は、ヨーロッパの原子力の技術的安全使用の一体化を促進するために、1999年に設立され、ヨーロッパ各地の原子力に関する省庁、研究機関、原子力産業などが参加しています。なぜヨーロッパで同時期に同じ内容を発表したのか、原子力ロビーの理由と論理がありそうです。 1.2. ジャック・ロシャール氏について 写真出所:ICPR資料 a.ICRP 第4 委員会委員長という肩書き ETHOS IN FUKUSHIMA(福島のエートス)の理論的支柱となっているロシャール氏の現在の肩書きは「ICRP 第4委員会委員長」と「CEPN 所長」です。ICRP 第4 委員会は放射線防護システムの応用について助言をし、また、防護に関する国際組織との連絡役を果たすとされています。オブザーバーとしてEC(欧州委員会放射線防護ユニット)・IAEA(国際原子力機関)・ILO(国際労働機関)・UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)・WHO(世界保健機関)などがあがっています。(ICRP のHP 参照) b.CEPN(Nuclear Protection Evaluation Center 放射線防護評価センター)長という肩書きCEPN センター長のロシャール氏にならんで、ETHOS IN FUKUSHIMA ホームページには、同センター副所長のテリー・シュナイダー氏もたびたび登場します。ベラルーシにおけるETHOS プロジェクトでは、この二人が重要な位置を占めていました。 二人が所属するCEPN のホームページによると、1976 年に設立されたNPO(非営利組織)で、目的は放射線防護の最適化原則を開発し応用することだったが、最近の研究プログラムは放射能評価とリスク管理にステークホルダー(市民・専門家を含めた当事者の意味で使われる)を取り込み、放射線防護の文化を広めることに焦点が移っていると述べられています。 c.CEPN の協力組織 CEPN のホームページには「メンバー」として、4組織があげられています。EDF(フランス電力公社)・IRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)・CEA(フランス原子力庁)・アレヴァ社です。 CEPN のホームページ参照: http://www.cepn.asso.fr/spip.php?lang=en ロシャール氏とCEPN の関係は、このセンターが設立された翌年の1977 年に、経済学部卒のロシャール氏が研究助手として入り、10 年後の1989 年に所長になったとOECD の履歴紹介文書に書かれています(http://www.oecd-nea.org/press/press-kits/lochard.pdf)。 世界一の原子力企業と言われるアレヴァ社とフランス原子力庁、フランス電力公社を「メンバー」として持つということは、世界原子力ムラの中心にいると言ってもいいと思います。3.11直後にアレヴァ社とサルコジ前大統領が乗り込んできたことと、その1年後にロシャール・シュナイダー氏が乗り込んできたことは無関係ではないと思います。 2.ロシャール氏の原点 ロシャール氏とは何者か追跡していて、原点とも言えるIAEA との関係、原発事故後の社会の沈静化のメッセンジャーとしての役割などが浮上してきました。「沈静化」には2つの側面があり、1つは汚染地域から移住させないため、賠償金を要求させないために「汚染地域でも楽しく生きられる」というメッセージを植え付けること、もう1つは、原子力ムラ(政府・行政・専門家)への市民の不満・不信感をそらすためです。 ベラルーシのエートス・プロジェクトの前段階の動きが1990-1991 年のIAEA(国際原子力機関)「国際チェルノブイリ・プロジェクト」に見られますが、ロシャール氏はこのIAEA のプロジェクトに大きく関わっています。彼の役割がその後のエートス・プロジェクトにつながっていると思われます。ちなみに、シュナイダー氏もこの報告書に名前が記載されています。 2-1.「国際チェルノブイリ・プロジェクト」について チェルノブイリ事故から3 年半後の1989 年にソ連政府は、事故対策や今後の防護対策について評価してほしいとIAEA に依頼し、IAEA やWHO(世界保健機関)は調査団を派遣して、少数の被災地を短期間まわり、市民や当局者との対話を行い、ソ連当局から提供された資料をもとに、1991 年に報告会議を開催して、報告書(全750ページ)を公表しています。 その結論は「放射線と直接に関係がある障害はみられなかった。事故に関連する不安が高レベルで継続し、心配やストレスといった形で多大な負の心理的影響を及ぼした」とし、現地(ベラルーシやウクライナ)の科学者たちが汚染地域の発症率の増加を認めているのに、「放射線によるとされた健康被害は、適切に実施された地域調査、およびプロジェクト(注:IAEA の国際チェルノブイリ・プロジェクト)による調査のいずれによっても、証拠づけられなかった」2としています。このプロジェクトに参加したベラルーシやウクライナの専門家は、この結論に対し、反対声明を出しています3。 2-2.国際チェルノブイリ・プロジェクトにおけるロシャール氏の役割 このプロジェクトにおけるロシャール氏の役割はCEPN 所属のコンサルタントで、「移住に関する評価」のセッションで、「コスト・ベネフィット(費用効果)分析」と題した報告を行っています。つまり、汚染地域から市民を移住させるべきか、残すべきかの決断をソ連政府がするための助言的役割と言えるのでしょうが、IAEA の結論は最初から「放射能被害はない」というものですから、その答えにあうような「分析」を行うのがロシャール氏の役割だったと言ってもよいと思います。 この会議でなされた報告についてコメントする役割の審査官(K. Duncan,ダンカン)がロシャール氏の分析について述べていますから、その一部を翻訳紹介します。このコメントはロシャール氏の報告についてだけでなく、IAEA の「国際チェルノブイリ・プロジェクト」の本質を突いていること、その「非道さ」を正当化しようと必死になって支離滅裂なコメントをしていることがわかると思います。 さて、ロシャール氏の報告、コスト・ベネフィット/費用効果の問題ですが、多くの人の耳には、この言葉(コスト・ベネフィット/費用効果)が冷たく響くでしょう。残念な言葉の選択ですが、決して非道な方法に使われるのではないのです。決して非道なつもりではなく、この分野全体も非道ではないのですが、確かにそう聞こえてしまう。人というものは感情的に発言するもので、この問題にも感情が入りすぎています。人の命をお金に換算することはできないと。ある意味では、できませんが、ある意味では、そうしなければならない。なぜなら、健康にお金を使いすぎるべきではないという人もいるからです。全くばかげています! 国家予算すべてを健康にかけた結果、以前よりも悪くなることもありえるのです。医者だけが金儲けをする結果になります。(p.55) 出典:The International Chernobyl Project: Proceedings of an International Conference held in Vienna, 21-24 May 1991 for presentation and discussion of the Technical Report (1991): http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub894_web.pdf 2-3.ロシャール氏の報告「移住のコスト・ベネフィット/費用効果の分析」 上記のダンカン審査官が必死でかばったロシャール氏の報告には何が強調されていたのか、いくつか拾ってみたいと思います。ロシャール氏担当と思われる箇所はテクニカル・レポートの第4 章「ソ連邦で取られた防護対策の評価」の「移住」の節です。 出典:The International Chernobyl Project Technical Report: Assessment of Radiological Consequences and Evaluation of Protective Measures, Report by an International Advisory Committee (『国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート̶̶放射能の影響と防護策の評価̶̶国際諮問委員会報告』) http://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub885e_web.pdf  この報告書で繰り返し強調されているのは、住民を汚染地域から移住させるべきかどうかの決め手とされる放射線量について、ソ連で受け入れられている線量は低すぎる、現実的ではないという点と、移住にかかるコストです。最初の点について、ソ連側が設定していた1990 年(事故後5年目)の線量は「生涯350mSv」で、それに対しIAEA は「2~3mSv/年~100mSv/年」という驚くべき線量を示しています。しかも、譲歩したのだと言わんばかりに、注をつけて、以前は「年50-500mSv」だったと書いています(p.433)。この350mSv はICRP とWHO から派遣された専門家によってソ連政府に提案されたもので、ソ連の科学者は年1mSvを限度にして全員の移住を求めたそうですが、ICRP の専門家は「資金がない、ということは問題がないということだ」と答えたそうで、これが最近日本でも聞かれ始めているALARA(as low as reasonably achievable=合理的に達成可能な限り低く)という概念とoptimization(最適化)の始まりのようです。いずれも健康よりも、経済を優先する考え方です。 ソ連側の設定した線量が低すぎると報告書の中で何回も強調して、「被曝した住民のためにという善意から出たとしても、間違っている」(p.438)とまで言っています。その上、ソ連側が設定した生涯350mSv を、年5mSv だと理解する人が多いが、これも間違っているというのです(p.439)。だからといって、どう理解するのが正しいのかは言っていません。 この後、いくつかの計算式が出され、線量にかかる移住コストの計算を5組織がそれぞれ出し、その1 組織がロシャール氏とシュナイダー氏が所属するCEPN です(p.449)。そして、コスト・ベネフィット分析の結論として、「汚染地域に住んでいる住民のこれ以上の移住は正当化できない」(p.449)と断定しています。 奇妙なことは、この移住のメリット・デメリットを検討する40 ページ以上の報告の中に、子どもや妊婦については一切言及がなく、1987 年あたりから顕在化していた放射能による健康被害についても言及されていません。「放射能被害はない」というIAEA のスタンスに忠実なロシャール氏の報告だと読めるわけです。 IAEA, ICRP などの国際組織とロシャール氏たちが日本政府と福島県と共に、福島で進めつつあるエートス・プロジェクトの理由がコスト面だけではないことが、この報告書の随所から窺い取れます。国際原子力ロビーの本音とも言えると思います。たとえば、移住の決め手となる放射線量の基準設定に関して、「多くの要素を考慮しなければならない複雑」なものだと言った上で、1国が設定したレベルは近隣諸国にも影響を与えるから、1国だけで決めるべきではない、また、「社会的政治的プレッシャーによって、他国より低い線量レベルを導入して、自国の世論の信頼を増そうとする場合、それはとめどもない影響を及ぼして、究極は世論の信頼を失うだけという結果になるから、断固として阻止すべきである」(p.458)と述べています。 これがIAEA と世界の原子力ロビーの本音だろうと思います。つまり、ソ連政府が住民の安全のために設定しようとした「低い線量レベル」を「断固として阻止すべき」だというIAEAの本音は、将来の原発事故のモデルにされて、原子力産業が衰退することにつながるから「断固として阻止」すべきだということだと読めます。この点で、ロシャール氏が2012 年1 月に「福島のエートス」に送った手紙にある文言(「20mSv/年を基準にするという決断は良い知らせです。これで、多くの人が早期に家に帰る事ができる」4)とつながってきます。 このIAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」の諮問委員会委員長は公益財団法人放射線影響研究所の所長(当時)の重松逸造氏です。このプロジェクトの中心人物の一人として日本人が関わっていたこと、そして今、IAEA のトップが日本人であることは皮肉な巡り合わせと言ってばかりはいられないと思います。日本人として被害者であり、加害者でもあることを頭に置きながら、25年後の現在チェルノブイリ被害が甚大であることと、福島で繰り返してはならない健康被害を食い止めることに対応していかなければならないと思います。 3.ベラルーシのエートス・プロジェクトとロシャール氏について 3-1.エートス・プロジェクト 2000 年5 月18 日にシュナイダー氏が広島で発表した「汚染地域における生活条件の回復̶エートス・アプローチ」(国際放射線防護学会主催)で、なぜETHOS プロジェクトが必要とされたかについて述べているので、ご紹介します。現在の日本の事情と似通っています。 チェルノブイリ原発事故から10 年後の1996 年4 月に始まったこのプロジェクト(CEPN主導)の達成目標は、汚染地域の住民が回復プロセスにおいて、自主的な自治能力をもった行動者となるための条件作りで、住民の自信と社会の信頼を取り戻すことだと言っています(p.5)。この実験的プロジェクトの対象として選んだのが、年間線量1~5mSv、土壌中のセシウム量が185~555kBq/㎡の所、ベラルーシ法(1991)によると、「移住権利地域」(voluntary relocation zone)であり、かつ、地域コミュニティーがプロジェクトに参加してくれることが条件で、チェルノブイリの西に位置するブレスト(Brest)地方のストリン(Stolyn)地区の中の人口1,265人のオルマニー(Olmany)村を選びました。理由は強制的移住地域ではないため、残っている人の生活条件の回復が必要とされたからです。 日本と比較した場合のご参考までに、2012 年5 月22 日に市民放射能測定所理事の丸森あやさんに連れられて、フェルネックスさんとご一緒に福島市内をまわり、渡利地区の公園で撮った写真をフランスの放射線専門家に送った時の反応をご紹介します。「この公園は除染作業が完了しました」という立て看板の隣のモニタリング・ポストの値が0.479μSv/h を示している写真です。早速驚きの返答がきて、「除染後でも年間線量が4.2mSv になる!ICRP の非科学的限度値でも、一般市民が受けていいとされる線量の4 倍以上だ。土壌の表面のセシウム量は240,000Bq/㎡だろう」とのことでした。そして、そこでの生活は勿論、子どもを決して近づけてはならないと忠告しています。 セシウム量だけに関していえば、エートス・プロジェクトが対象とする「移住権利地域」に相当するわけですが、ベラルーシ法の基本は「年間被曝量が1 ミリシーベルトを越えなければ、人々の生活および労働において何の制限措置も必要としない」5というものです。日本政府は20mSv まで子どもが普通に暮らしていいとしていますし、ロシャール氏も、日本政府の20mSvを支持しています。 ロシャール氏・シュナイダー氏ら、ヨーロッパから来たプロジェクト・チームがベラルーシで最初に遭遇したのは対話集会における村人、特に母親たちからの質問攻めでした。 * 子どもたちとここに住み続けても大丈夫でしょうか? * 健康被害があるでしょうか? * 移住したほうがいいか、残っても大丈夫か? 村人の「専門家」に対する不信感は強く、プロジェクト・チームが倫理的観点から村人の質問に答えられないのだというと、別の形で聞いてきました。 * あなただったら、ここに子どもを連れてきて、住みますか? 村人は科学者が自分たちをモルモット扱いしているように感じること、このプロジェクトに参加することで、どんなメリットがあるのかという懐疑的な質問も多かったそうです。 プロジェクト・チームがしたことは、母親たちに線量計を渡して、自分たちで計測し、内部被曝についても、子どもたちが何をどのくらい食べれば、線量がどの程度になるのかを自ら計測して知ることで、その結果、母親たちはむやみに心配しなくなったといいます。 プロジェクト・チームは、校医である小児科医に対して、子どもたちの検診と放射線防護とを結びつけるために、定期的なホールボディーカウンターによるモニタリングと健康診断をさせました。その結果、2、3ヶ月後には子どもたちの内部被曝量が下がり、1997 年7 月から1998年12 月の間の減少率が30%以上だと報告しています(p.10)。 この報告書に対する疑問は、特にこの箇所で強くなりました。成果報告なのに、子どもの内部被曝量が数値で示されず、検査方法も検査者も明記されずですから、口から出まかせの数字と批判されても仕方のない杜撰な報告書です。次節3-2 でご紹介するように、フェルネックスさんからの情報では、数値を発表できない理由があったわけです。「成功」どころか「惨事」だったわけですから。 最後に気がつく点として、しきりに「放射能文化」(radiological culture)という言葉を使い、子どもたちにもこの文化を学ばせると強調しています。しかも「汚染地域に住む子どもたちの教育」という章では、最初にすることとして、プロジェクト・チームと学校側との「ロマンス」をあげています。この場合の「ロマンス」は単にいい関係と理解するのでしょうが、このプロジェクトが母親や学校側に対して、情緒に訴える方法を重要視しているようで、非常な違和感を覚えます。特に「放射能文化」という語を使い始めたロシャール氏とシュナイダー氏らがなそうとしていることを考えると戦慄を覚えます。20世紀後半まで市民生活の中には存在しなかった放射能(ここで言う放射能は広島・長崎の原水爆投下に始まり、核実験や幾多の原発事故から放出された放射性物質)との共存生活を正当化し、受け入れるための新たな「文化」創出だと理解するからです。人類と自然界を滅ぼす「文化」の創出だと理解できます。 出典:ロシャール氏とシュナイダー氏を含む10人の執筆者”The ETHOS Project in Belarus 1996-1998: Synthesis of the major outcomes of the ETHOS research project on the rehabilitation of living conditions in contaminated territories affected by the Chernobyl accident”, May, 10th International Congress of the International Radiation Protection Association: http://www.irpa.net/irpa10/pdf/E11.pdf 3-2.エートス・プロジェクトによる子どもの高い罹患率の隠蔽 ロシャール氏・シュナイダー氏らによるエートス・プロジェクト成功報告会は、この後、現在に至るまで22年間続くわけですが、2001年11月15、16日に実験地であったベラルーシのストリンでも第1 回エートス・プロジェクトの国際セミナーが開かれました。 この会議にはミシェル・フェルネックスさんご夫妻も、ドキュメタリー映画『真実はどこに?――WHO とIAEA~放射能汚染をめぐって』の監督のウラジーミル・チェルトコフさんも出席していらしたそうです。フェルネックスさんはエートス・プロジェクトを計画している福島の人々に以下の事実を知らせてほしいと書いて下さいました。 この国際セミナーで最後に発表したのは、この地区を担当する小児科医でした。いろいろなデータを示してくれましたが、医学のどの分野でも、壊滅的な状態を示すものでした。 * 誕生時からの恒常的な健康悪化 * 深刻な症状の急激な増加 * ブレストでは入院を必要とした子どもが1986-87 年の10 倍に増加。 (注:ブレストはオルマニーから西へ400km ほどの位置にある人口31 万人の都市で、放射能汚染の点では、オルマニーほど高くない所のようです)。 この小児科医以外のプレゼンテーションはすべて主催者が準備し、配布資料がありましたが、小児科医の発表については主催者側は何の用意もせず、配布資料もなく、セミナー後に公刊された長い報告書には彼女の報告は削除されていました。 エートス・プロジェクトの目的はなんだったのでしょう? エートス・プロジェクトの医学的失敗は、子どもたちの健康の改善が見られなかったどころか、子ども達の症状が恒常的に悪化していったことです。特に重篤な症状で入院する子どもたちが10倍にも増えたことです。これは誰もが最も知りたい情報のはずです。 報告書の中で「汚染地域における健康問題に関する研究は続けられなければならない」とされていますが、この報告は真実ではありません。このセミナーでは小児科医が報告したのですから。 私(牟田)の「ふくしま集団疎開裁判」ML 宛の6月7日付けメールでお知らせした内容をお読みにならなかった方のために、付け加えておきたいと思います。この国際セミナーでフェルネックスさんはプロジェクト・チーム内の専門家に実際のところはどうだったのか聞いたそうです。 状況について、小規模農業の専門家として知られているオラニョン教授の言葉を借りて要約します。この人物とは会議で会ったのですが、そこにはロシャール氏もいました。 オラニョン教授にエートス・プロジェクトの結果を聞くと、「上出来でしたよ。…子どもたちがどんどん悪くなっていきましたからね!」と言うのです。 オラニョン教授は真実を語っていました。私はエートス・プログラムの最終段階の頃に、ベラルーシのストリンにいましたから、よく知っています。[会議では]報告者すべてが、いかにすばらしいプロジェクトか、市民といかにうまくやったかを説明していました。汚染が深刻な地域ほど、[放射線]防護がうまくいったと。母親の[放射能]教育について、そして、最後にじゃがいもの生産について、セシウム137 が以前より少なくなっていたので、ミンスクでもこの汚染野菜が販売できる程度に、ぎりぎりだけれど、下がっていたことなど。このように、会議全体は見事にまとめられ、発表者はみなパワーポイントでスライドを見やすいスクリーンに映すなど、見事でした。 最後にこの地区を担当している小児科医が登場しました。彼女はパソコンも持たず、パワーポイントのスライドもなく、手書きの紙原稿と、複雑な表を持って現れ、それを手で示しながら話すのです。最後の発表者でした。彼女の話は私にはよくわかり、表も見せてもらいました。 エートス・プロジェクトが行われた5 年間[注:第2回エートス・プロジェクトを含めてだと思われます]、状況はどんどん悪くなっていきました。呼吸器感染が頻度だけでなく、深刻度の点でも増えていき、異常な合併症を伴い、心臓病もずっと深刻化し、どの症状でも同様でした。[チェルノブイリ原発]爆発の年は、入院が必要な事例は年間100だったのに(1986—88 年は変化がなく)、その後、極度の感染症による入院者数は年々上昇し、最後の年は1200事例でした。エートス・プロジェクトが始まって、この増加線は安定するどころか、落ち着く筈の年にまで上がっていたのです。[学校の]学期中の欠席者数は増え、尿管の感染症がぶり返し、慢性化しました。問題は生まれると同時に始まり、新生児のほとんどが治療を必要としていました。 エートス・プロジェクトは医学的に見れば「惨事」です。この小児科医のデータは出版されることなく、忘れ去られています。エートス・プロジェクトは次のコア(CORE)・プログラムのモデルとなって、これは今も続いています。ロシャール氏のこのような許されない行為をどうやって阻止できるかという点について。日本の医者のみなさんが、この現実に目を覚まし、現状を正しく研究してくれることを今でも[遅すぎるけれど]願っています。この放射能事故によって、市民全体の健康がとてもゆっくりとしたペースではあるけれど、悪化し続け、それは一番幼い子どもから始まり、次に原子炉で働く作業員、そしてその子どもたちというように、ただし、被曝した父親よりも子どもの方が先に悪くなる場合が多いということに、日本の医者はもっと関心を払うべきです。 注:この内容をパリ在住のジャーナリスト、コリン・コバヤシさんが6月28日にフェルネックスさんの自宅を訪ねて、インタビューし、日本語字幕つきのユーチューブにして下さいましたので、ご覧ください。 http://www.youtube.com/watch?v=2_oKtjnh52c&feature=youtu.be  また、当時フェルネックスさんが書かれた投稿記事も日本語訳して、アップして下さいましたので、あわせてお読みいただければと思います。 http://echoechanges-echoechanges.blogspot.fr/2012/07/blog-post_16.html  3-3. エートス・プロジェクトのもう一つの顔 フェルネックスさんが福島のみなさんに是非伝えてもらいたいというもう一つの点は、エートス・プロジェクトがベラルーシに入ってくる6年以上前から住民の放射線測定や放射線被害防止のための研究と活動を続けていた民間組織「ベルラド研究所」の計測機を使用し、研究所の技師を使って、地域の生産物の放射線量を計測したのですが、その結果を研究所長のワシーリ・ネステレンコ博士に渡さずに隠蔽したのです。現実は、計測結果が期待したものではなかったからです。世界銀行なども関わる世界的なプロジェクトですから、資金も潤沢だった筈ですが、ベルラド研究所の技師と機具を使い、その分の給料を要求しても認めず、また、研究所が開発したペクチンを3週間子どもに与え、セシウムの蓄積を減らすプログラムへの資金援助も断り続けていました。エートス・プロジェクトが得た情報の提供と、研究所の活動に対する支援を依頼すると、「ストリン地方で追跡調査する予算はない」と一蹴されたそうです。 ワシリー・ネステレンコ博士(1934-2008)はベラルーシの核エネルギー研究所所長で、原子炉開発で著名だったそうですが、チェルノブイリ事故に衝撃を受け、事故直後にヘリコプターで上空を飛んで視察をし、その後は亡くなるまで住民を放射線被害から守るために研究と活動を終生続けた方です。また、バンダジェフスキー博士と共に、内部被曝の研究をして、目下チェルノブイリの放射能被害に関する研究書としては最高と評価されているニューヨーク科学アカデミー刊『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(ネットで閲覧可: http://www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf 翻訳は岩波書店から刊行予定とのことです)の編著者の一人です。 おわりに 4月21日に東京大学で内部被曝問題研究会・東京大学講演会実行委員会・北海道大学GCOE境界研究の拠点形成共催で行われた「低線量被ばくに向き合う――チェルノブイリからの教訓」講演会でウクライナ国立放射線研究所小児放射線部長のエフゲーニアヤ・ステパーノヴァさんがなさった報告内容は衝撃的でした。 慢性疾患を持つ子どもの割合が1986~87年の8.4%から、2005年の77.8%に増加したという研究データ、その他、ありとあらゆる疾患に苦しむ子どもの割合が年を経るごとに増加している現実は、日本の放射能被害のこれからの発症率を想像させます。 更に悲惨なのはベラルーシの子どもたちです。ガリーナ・バンダジェフスカヤ(小児科医、心臓専門医、バンダジェフスキー夫人)さんが2012年5月12日にジュネーブで開催された「WHO 独立を求める会」(Independent WHO)主催の「放射能防護に関する科学者と市民フォーラム――チェルノブイリからフクシマまで」で報告なさいました。 2009年のベラルーシ全土の就学児童のうち、58.1%が機能障害と慢性疾患リスクを抱え、13.8%が慢性疾患を発症しており、2007年のデータと比べると、健康な子どもの数は減少しているそうです。2002年から2010年のデータでは、先天性心臓病の率が3倍以上に増加していること、先天性心臓奇形の頻度も上昇し続けていること、悪性腫瘍だけでなく、眼疾患、循環器系疾患等々、25年後の今子どもたちに何が起こっているかを詳細に報告なさいました。そして最後に悲痛な叫びに近い訴えをなさいました。「政府はこの国の未成年者の健康が悪化したことを認め、子どもたちの健康にとって有害な状況は政府・放射線防護専門家・科学者が改善し、治療に対して、具体的な行動を起こすことが不可欠です。政府がすべき最も重要な義務は、子どもと青少年の健康を守ることです。これらの子どもたちが国の経済の可能性を決定し,その国の人口増加能力があるかどうかを決めるのです」。 4月21日の講演会のDVD がようやく完成したので、ご紹介します。講演会ではわかりにくかった部分を字幕で補い、翻訳・通訳の間違いも専門家に念入りなチェックをお願いし、コメンテーターの今中哲二さんにも内容チェックなど、緻密な編集をなさったので、講演会よりもわかりやすいものになりました。ご注文は牟田(muta.orie@gmail.com)までお願いします。2枚1組セットで送料込み¥2,000 です。 ジュネーブ・フォーラムの報告集は目下、各国言語に翻訳中で、近いうちに公刊される予定です。 最後に、エートス・プロジェクトの背景を知る意味でも、なぜ世界の市民の健康を守る役割である筈のWHO が核推進のIAEA と一緒に放射能被害に眼をつぶっているのか等の背景も知っておく必要があると思いますので、是非以下のDVD をご覧ください。 * ウラジミール・チェルトコフ監督『真実はどこに:WHOとIAEA~放射能汚染をめぐって』(2004)のDVD(YouTube)をご覧ください。フェルネックスさん、ネステレンコさん、その他、チェルノブイリの子どもたちを救うために長年闘ってきた方々がIAEA, WHO と激論する会議の様子や、放射線被害に苦しむ子どもたちの話を追求しています。 * ウラジミール・チェルトコフ監督『サクリファイス』(犠牲)はチェルノブイリ事故処理にあたった作業員たちの記録とインタビューです。 【脚注】 1 ミシェル・フェルネックス(Michel Fernex):スイスのバーゼル大学医学部名誉教授。長年WHO の委員として感染症研究に携わった。チェルノブイリ事故後になぜWHO が援助しないのかに疑問を持ち、1957 年のIAEA とWHO の協定にいきあたった過程が『真実はどこに?』で描かれている。2012 年5 月12 日のジュネーブ・フォーラムでは「福島の失われた時間」という発表をし(フクシマ集団疎開裁判ブログに掲載)、福島の子どもたちが心配だと、その直後に自費で日本に向かい、広島・京都・浦和(肥田舜太郎先生との講演会)・福島・東京で講演会+上映会(『真実はどこに?』)、そして福島の市民や医師、農家の人々との交流会でアドバイスをなさいました。市民の心配の声に真摯に耳を傾け、一人一人に向き合う姿には感銘を受けました。フェルネックスさん他の『終わりのない惨劇̶̶チェルノブイリの教訓から』(竹内雅史訳、緑風出版、2012)もあわせてお読みいただければ、かなり問題が見えてくると思います。 2 ミハイル・マリコ「チェルノブイリ原発事故:国際原子力共同体の危機」、今中哲二(編)『チェルノブイリによる放射能災害̶̶国際共同研究報告書』、技術と人間、1998、ネットで閲覧可: http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Malko96a-j.html  3  V.G.バリヤフタル他、今中哲二(訳)「IAEA 報告への反論」、『技術と人間』1992 年9 月号所収、ネットで閲覧可: http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/etc/GN1992-9.pdf.  4 出典:ETHOS IN FUKUSHIMA ブログ http://ethos-fukushima.blogspot.jp/2012_01_01_archive.html  5 ウラジーミル・P・マツコ、今中哲二「ベラルーシにおける法的取り組みと影響研究の概要」、今中哲二(編)『チェルノブイリによる放射能災害̶̶国際共同研究報告書』、技術と人間、1998、ネットで閲覧可: http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/J-Version.html  2012年7月17日

2012年9月21日金曜日

(放射線の健康への影響.重要な資料です) (浴びる放射線の量と健康への影響(1-11)放射線の影響の受けやすさ.放射線のガン以外の影響.今後の取り組みに対する提案など.) http://www.chernobyl-chubu-jp.org/_userdata/ikeda2.pdf
【緊急記者会見】ふくしま集団疎開裁判.) 9月11日、福島県の子どもたちの甲状腺検査結果(3回目)の重大な発表により、福島の子どもたちの集団疎開は一刻の猶予もならない緊急の最優先課題であることが明らかと­なりました。 そのために、疎開裁判の会では9月14日から「集団疎開の即時実現」を求める緊急署名をスタートしました。 他方、10月1日に、疎開裁判は、仙台高裁で、仮処分事件の二審としては極めて異例の裁判(審尋)が開かれます。いま、福島の惨状を知る人々は「人権の最後の砦」である裁­判所の動向に注視しています。 疎開裁判は最大の転機にあり、集団疎開に向けて国民的な支持と世論が形成されることが焦眉の課題です。 これら一連の出来事に関して、この間、疎開裁判に多大な協力を頂いた琉球大名誉教授の矢ヶ崎克馬氏に出席いただき、以下の緊急の記者会見を開きます。 *発表者 柳原敏夫(疎開裁判 弁護団) 矢ヶ崎克馬さん(琉球大名誉教授) 神田香織さん(講談師)  高橋哲哉さん(東京大学大学院教授)

2012年9月20日木曜日

「戦後史の正体」と「検察崩壊」郷原信郎氏から. http://nobuogohara.wordpress.com/2012/09/15/%E3%80%8C%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%80%8C%E6%A4%9C%E5%AF%9F%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%80%8D/ 投稿日: 2012年9月15日 「検察崩壊」書籍表紙写真拙著「「検察崩壊 失われた正義」」(毎日新聞社)が、出版社の当初の想定を大幅に超える注目を集めているのは、大ベストセラーとなっている孫崎亨氏の著書「戦後史の正体」の読者の関心が拙著にも向けられたことが大きな要因になっていると思われる。 数日前、その孫崎氏とお会いし、ゆっくりお話をした。私は、検察問題を基本的に司法問題としてとらえてきた。検察の動きとアメリカの対日政策との関係を重視する孫崎氏とは問題を捉える基本的視点には違いがあるが、孫崎氏の視点は、検察の信頼崩壊の経緯・現状と今後の在り方を考える上で重要であることを改めて認識した。 孫崎氏との議論の中で、一つの重要な論点が浮かび上がってきた。 造船疑獄における犬養法務大臣の指揮権発動が、吉田内閣総辞職、保守合同、55年体制の確立につながっていった経過と、アメリカの対日政策との関係という問題だ。 この指揮権発動が国民から大きな批判を受けたことで、それ以降、法相指揮権は封印され、検察は「聖域化」されて政治の介入から免れてきた。まさに、特捜を中心とする「検察の正義」が確立されたのが、この造船疑獄であり、その後、ロッキード事件等の疑獄事件で政治的介入を受けない独立性を保障された「検察の正義」が、実際には大きな政治的影響を及ぼすという構図がここでできあがった。その「検察の正義」が実はアメリカの政治的意図に利用されていたというのが孫崎氏の見方である。ところが、最近では、造船疑獄における犬養法務大臣の指揮権発動は、名誉ある撤退をするために検察が仕掛けた策略だったというのが、多くの関係者証言によってほぼ定説になりつつある(拙稿『「法務大臣指揮権発動」をめぐる思考停止からの脱却を』日経BOL)。それは、「検察の正義」の歴史的認識を大きく変える事実である。その策略を仕掛けたのは誰か、吉田内閣側でそれに関わったのは誰か、そこにアメリカの意向はどう関係していたのか、多くの疑問が浮かび上がってくる。それは、日本の戦後史と検察の戦後史とが交錯する重要な歴史的事実である。 孫崎氏の「戦後史の正体」によって、戦後の日本が、どのような力学によって、どのように運営されてきたのかについて、国民には重要なことが知らされていなかったことが明らかになった。現在の日本の閉塞状況が、国民が知らないままに、アメリカという国の大きな影響力の下に国が運営されてきた結果であることを知り、我々は愕然とした。 その外交の分野と並んで、秘密のベールに包まれてきたのが刑事司法である。それは、「検察の正義」を中心とする世界であった。国民は、検察という組織が、あらゆる刑事事件を法と証拠に基づいて適切に処理しているものと信じてきた。そして、その適切さに関して何か問題が指摘された時も、捜査・処分について一切の情報を開示せず、説明責任も果たさないのが当然のこととされ、情報が一切開示されず、批判もされないことで「検察の正義」は絶対的なもののように思われてきた。 「検察崩壊 失われた正義」では、その「検察の正義」の象徴であった東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書で検察審査会を騙して起訴議決に誘導するという大罪を犯した疑いが表面化、それに対して検察が行った不起訴処分の理由を示す「最高検報告書」が、いかに「詭弁」「ごまかし」で埋め尽くされているのかを指摘し、「検察の正義」が崩壊している現実を白日の下に晒すことになった 戦後史の重要な部分が国民に隠されてきたのと同様に、検察が行ってきたことの中身は、すべて検察の組織内部で隠蔽され、「従軍記者」のように検察に寄り添う司法マスコミの報道で、国民は無条件に「検察の正義」を信じ込まされてきた。しかし、少なくとも特捜検察に関しては、実は、それは全くの幻想にすぎなかった。 孫崎氏の「戦後史」は、多くの資料に基づくもので、「対米追従派」と「自主派」の対比も、客観的かつ合理的に行われている。「検察崩壊」では、巻末に、最高検が記者会見で配布しただけで一般公開を拒否し、ひた隠しにしている「最高検報告書」と、田代検事作成の虚偽捜査報告書を全文掲載し、検察の厳正捜査に向けて指揮権発動を検討していた小川敏夫前法務大臣、特捜部長経験者の大坪弘道氏、田代検事の取調べを受けた当事者の石川知裕氏、そして、市民の立場から今回の検察の問題を追及し続けてきた市民団体の代表の八木啓代氏の4名との対談を通して、それらの「報告書」が、「検察の正義」の崩壊を端的に示すものであることを明らかにした。 国家の独立と自主性を維持するための外交が国家の基本的作用であるのと同様に、法律の適切な執行のための制裁を科す刑事司法も、国家の存立に不可欠な基本的要素だ。外交をめぐる真実が、「国益」を理由に、国民の目から覆い隠されてきたのと同様に、刑事司法の中核を担う検察の内実も、「正義」のベールに覆われ殆ど明らかにされてこなかった。それだけに、「検察崩壊」で明らかにした検察の信頼崩壊の実情は、読者にとって衝撃的であろう。 「政治的中立」のドグマが維持されながら、実際には大きな政治的影響を及ぼしてきた「検察の正義」が崩壊している現状は、国の権力作用の根幹に関わる重大な問題だ。検察も行政機関の一つなのであり、その権限行使についての最終的な責任は内閣にある。検察が自浄能力を失っている現実の下で、検察の組織の抜本改革を実行するのは政治の責任である。しかし、民主党代表選挙においても自民党総裁選挙においても、「検察改革」という言葉は全く聞かれない。政治は検察問題に関わるべきではないというドグマが、「検察の正義」が崩壊した後にも、未だに政治の世界に色濃く残っていることに、この問題の根深さがある。
(福島に警戒解除などない) http://taz.de/Medizinische-Folgen-der-Katastrophe/!101690/ 事故を起こした福島原発周辺に住む住民の健康状態は、一般に認識されているよりも遥かに高い危険に晒されていると言うのが、原子力に反対する「核戦争防止国際医師会議」(IPPNW) の見解である。 「警戒解除などとんでもないです」 と日本訪問から帰国した同組織メンバー、Angelika Claußenさん は金曜日に語った。 「人々は医療問題や福祉問題に関して放置され、どう見ても過度の放射能に晒されています。」「避難地域は明らかにもっと拡大されなければいけません。」 IPPNWはその活動姿勢に対して1985年ノーベル平和賞を贈られたが、今回の発言は世界の公式見解に対して異を唱えるものである。世界保健機関 (WHO) は今年春、警戒解除を宣言する調査結果を発表した。また国連によって設けられたUNSEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)はデータを挙げ、日本の行政も公式の測定値に依拠して警戒解除を報告する・・・ しかしその公式測定所周辺で は、線量はずっと高いことがあるとクラウセンは言うのだ。 「私達は福島市の病院を訪問しましたが、そこでの線量は年間被爆量に換算して18ミリシーベルトでした。」 ちなみに原発作業員の年間被爆許容量は20ミリシーベルトであり、日本では事故前の国民の年間被爆許容量は1ミリシーベルトだった。 官僚への痛烈な批判 Siedentopfさんは は同じく日本を訪問した30人の国際IPPNW代表団の1人である。彼女は福島事故の犠牲者に対する日本の医療界の対応の仕方を批判した。 「本来なら同地方の38万人の子供や若者達全員が甲状腺検査を受けなければならないところです。しかし現在のところ検査を受けたのは4万人に過ぎません。」 検査を受けた子供たちの35%からはのう胞または結節が発見されているが、ドイツ連邦放射線防護庁(BfS) はこの検査報告を「普通ではない」とみている。 Siedentopfは日本の役人を痛烈に批判した。甲状腺を守るためのヨウ素剤は、事故後住民に配られなかった。 「人々は皮膚の変化、脱毛、下痢、鼻血や咳などの症状を訴えています。」 福島周辺に残された震災被害による汚染瓦礫が焼却されている場所では、放射能の線量が上昇している。その値は「平常値の10倍に達する」。 さらなる批判は、日本の役人が重要な事故後のデータを発表しないことである。 「チェルノブイリの経験から多くの事が学べたはずです。なのに福島では子供達における放射線障害や先天性異常に関する正確な数値がまったく出されていない。」 ”100ミリシーベルト以下の被爆では健康被害はまったく起こらない”と言うのが、今現在でも日本の「公けに」通用している. 「そのため検査によっても何一つ異常は発見されてはならないことになっている印象が拭えません。」 IPPNW代表団にはドイツの他にアメリカ、インド、オーストラリア、イスラエル等からのメンバーが参加したが、彼らは訪日後の8月末、福島における放射 能によるすべての被害者の包括的なデータ-の作成を要求した。また国連は世界の研究施設に低線量被爆の危険を調査するよう指令を出すべきであり、この点にお いて国際原子力機関IAEAではなく国連大学に頼るべきである。
【中国・韓国にこう言い返せ!】中国が尖閣を日本領と認めた決定的証拠あり!島民らに感謝状. http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120919/plt1209190733001-n1.htm 沖縄県・尖閣諸島周辺の日本領海に先週、中国国家海洋局の海洋監視船6隻が侵入した。中国メディアは、浙江省や福建省などの漁船計1000隻が18日か19日、尖閣付近の海域に到着する見込みだと報じている。  中国は厚顔無恥にも、尖閣の領有権を主張しているが、歴史をさかのぼれば、尖閣が日本領土であることには1点の疑いもない。中国側の主張には歴史的にも国際法的にも、全く正当性が存在しないのである。  尖閣は元来、全くの無人島であった。その開拓は1884(明治17)年、福岡の実業家、古賀辰四朗氏によって開始された。その後、沖縄県や海軍がたびたび現地調査を行い、日清戦争の最中の95(同28)年1月、日本政府は閣議決定により尖閣を沖縄県の所轄に決定した。  開拓に手をつけてから11年が経過しており、日本政府は極めて慎重に尖閣の領有を決定したのである。翌年9月には、内務大臣が古賀氏に30年期限の無償貸与を認可し、同氏は直ちに人を送り込み、尖閣の本格的開発に乗り出した。200人を超える住民が魚釣島に住み、かつおぶし製造やアホウドリの羽毛採取を生業としていた。  1919(大正8)年には、中国・福建省の漁民31人が難破して魚釣島に漂着し、古賀氏の息子、善次氏らは、彼らを救助して故郷へ送り届けた。時の中華民国長崎領事は、島民らに感謝状を贈ってきたが、これには遭難現場として「大日本帝国沖縄県八重山郡尖閣諸島」と記されていた。中国が尖閣を明確に日本領土と認識していた動かぬ証拠である。  第2次世界大戦中は、渡航が危険であることから無人島化したが、戦後の米軍占領時代には、久場島と大正島の2島が米軍の演習地として使用され、地権者には契約料が支払われている。  72(昭和47)年の、沖縄の本土復帰と同時に、尖閣の施政権も米国から日本に移管された。この時点で、尖閣は完全に日本の領土として復帰したわけである。  中国や台湾が、尖閣の領有権を主張し始めたのは71年からである。きっかけは、国連関係機関が68年に東シナ海一帯の調査を行い、尖閣周辺の海底に豊富な石油資源を発見したこと。これ以前には、中国、台湾両国とも、尖閣の領有権を主張した事実は全くなかった。  以上の歴史を振り返れば、「尖閣は古来の中国領土である」という主張が、真っ赤なウソであることが分かる。実際、クリントン米国務長官をはじめ、米国の歴代高官は度々、「尖閣諸島は日米安保条約第5条の(適用)範囲に入る」と明言しているのである。  ■藤井厳喜(ふじい・げんき) 国際政治学者。1952年、東京都生まれ。早大政経学部卒業後、米ハーバード大学大学院で政治学博士課程を修了。ハーバード大学国際問題研究所・日米関係プログラム研究員などを経て帰国。テレビやラジオで活躍する一方、銀行や証券会社の顧問、明治大学などで教鞭をとる。現在、拓殖大学客員教授。近著に「バカで野蛮なアメリカ経済」(扶桑社新書)、「超大恐慌で世界の終わりが始まる」(日本文芸社)。
カルディコット博士からの警告!(福島の原発事故は膨大な危険性がある)原子炉にはそれぞれ250kgのプルトニウムがある.原爆を1つ製造するのに必要なのは2,5kgのみです.発癌まで,5-60年.どんな放射線も危険で有害で,発癌リスクを高めます.

2012年9月19日水曜日

(子どもの声 .統計情報)原発事故後の子供達の声です!ぜひ,読んでください. http://www.childline.or.jp/supporter/about/voice.html 【震災】 ※この内容は、チャイルドラインに実際にかかってきた電話の内容をもとに、再構成されたもので、電話そのものではありません。チャイルドラインでは、子どもからかかってきた電話を直接外に出すことは、子どもとの約束でしていません。 ● 避難所に入れた子は、いいよ。いろんなものもらってるんだ。うちなんか、2階が残ったから、家にいたんだけど、最初のころ電気も、ガスも、水もなくて、避難所に行ったら、おにぎり配ってたんだよ。ぼくも並んでもらったんだけど、「避難所が優先だよ」って、言われちゃった。その後からもいろんなものが配られていたけど、ぼくたちは何ももらえないんだ。家だってめちゃめちゃなのに・・・なんかへんだな、とおもって・・・ ● 父親が仕事をなくして、毎日両親がけんかばかりしている。自分も暴力を受けるようになった。仮設住宅なのでプライバシーがないのもつらい。家計がままならないので夢はあきらめた。今は学校に行きたくてしょうがない。これからのことが不安。 ● 今、仮設に家族4人で住んでいるけど、狭くて息が詰まる。はじめは、家族が助かっっただけでもよかったって、思ったけど、こんな生活、いつまで続くんだろう。お父さんの会社も建物が流されて大変そうだし、高校行けるのかな・・・このごろ、夜よく眠れなくて、時々あのときのことを思い出すんだ。ほんとに地獄だよ、・・・ ● 津波で家が水浸しになり、親戚の家に移り住んだが、疎外感を感じて居心地がよくなかったので、今は家に戻っている。お父さんがまだ行方不明。 ● 放射能汚染が怖い。友達とも放射能や地震についての話はできない。10人以上も友達が引っ越してしまった。 ● 地震が起こってから半年がたつけど、夜寝ていてもすぐ目が覚める。津波の夢も見る。学校のプールの水を見ても恐怖を感じる。緊急地震速報がすごく不安。いつまでこんなふうにおびえていないといけないのだろう。地震のないところでゆっくり寝たい。 ● 学校が統合して人数が増えたのでクラスが窮屈になった。校庭では遊んではいけないというし、部活の練習も室内でしている。外にはマスクと帽子をすれば出ていいとも言うけど、大丈夫なのかわからない。 ● 地元には職のない人や働けなくなった人もいて、落ち着いた状況ではないけど、みんな明るくふるまって涙を見せない。今まで話したことのなかった近所の人と話すようになった。友達はバイトして寄付するといっている。ちゃらちゃらしている人を見るとむかつく。震災のことは話したくない気持ちもあるけど、話すと少し気持ちが楽になる。 ● 埼玉の親戚の家に避難してきているの。いやなことがあるんだ、「どこから来たの」って、毎日聞かれるの。言 いたくないけど仕方がないから、「福島だ」って言うと、放射能うつるって言われたの。危ないから一緒に遊ぶ なってお母さんが言ってるって。福島に帰りたいな、でも、だめだよね・・・・ ● 地震があってから夜眠れない。親が夜働いていて、自分一人になると部屋でウロウロしてしまう。家族がばらばらになってしまわないかと不安になる。 ● 原発はなくなりますか。報道も、原発を動かそうとしている大人も信用できない。電気と人とどちらが大切か、世の中の大人に聞きたい。
重要!(甲状腺検査の実施状況(平成24年度)及び検査結果(平成23年度・24年度)について) http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240911siryou2.pdf
(反日デモの真実) http://blog.goo.ne.jp/dashu_2005/e/d133e4045bb0ac65d80d617e979f9bd0 デモが続いていますね。 中国の友人たちから、安全に気をつけてというメッセージがよく届きます。 ただ、ネットやメディアでは確かに大騒ぎしていますが、肌で感じる印象としてはやはり昨日と同じで、外はいたって普通です。 大使館付近や日本人が集まっているところ、日系スーパーなどはきっと緊張していると思いますが、それはターゲットにされているからであって、それ以外の場所ではまったく実感というのがありません。 これは、一般人の感覚と、デモに参加している人たちの間に温度差があることも表していると思います。 庶民の感覚とずれた、非常に違和感のあるデモが行われていて、気持ち悪いと思っている人がたくさんいます。 中央電視台では数日前から日系企業のCMを放送しなくなりました。 スポンサーに対して補償があるならいいですが、たぶん無いんでしょうね。 ニュース番組では、街頭インタビューと称して一般市民を装う人が「べつに日本の商品が優れているわけじゃないし、私は国産を買うわ」なんて話している様子を毎回流しています。 国をあげて日本製品不買運動をしろと、政府が指示しているわけです。 新聞も同じで、どの新聞も同じ内容の記事を並べているだけです。 微博では、デモの現場からも様々な情報が生々しく発信されています。 特にスーパー襲撃などが明らかになってからは、デモの動きに違和感を感じる人たちが実態に迫ろうとしている様子が感じられます。 例えば、デモ隊の先頭にたって日本車を壊すように皆を煽っている人は何者なのか、顔写真を撮って微博に晒し、個人を特定してやろうという人が出てきます。 ところが、明らかな犯罪行為をしている犯人なのに、その書き込みは即座に当局から削除されます。 まるで当局が犯人特定を恐れているかのように。 天安門事件があってから、中国では一般庶民が起こすデモなど許されません。 たとえ反日デモであっても、警察に申請をして認められるということはないんです。 今回のデモは自然発生的なものだと当局は言うかもしれません。 でも、集合場所やルートが事前に決められ、集合時刻がネットで告知されて、おそろいのTシャツを着た人たちがスピーカーを使って先導しています。 一切のデモが厳しく禁止され、大勢の人が集まるとすぐに武装警察をつかって蹴散らす中国で、どうして彼らはデモを組織することができるのでしょう。 私の知っている人が今日北京でデモ隊に遭遇したそうで、それを眺めていると沿道で警備している警官から「何を黙って見てるんだ、早くデモに加われ」と言われたそうです。 ある人は不可解な横断幕を持っている人にその真意を尋ねると、「持たされているだけだから」と答えたそうです。 別な場所のデモでは、軍服を着た老人たちが現れて、老兵が来たと周囲が大喜びしたそうですが、本人たちは「職場に呼び出された」と語っていたそうです。 大使館へ向かうデモ隊には、途中でペットボトルの水が配られます。 大使館へ着くと、それを投げるのです。 昨日の西安のデモは、夜に街が閉鎖されるほどの混乱を見せました。 その西安で、スピーカーを手にデモを煽っていた中心人物の顔写真が晒されたのですが、それが西安のある派出所所長にそっくりだということで、所長と顔を比べる写真が出回りました。 確かに、他人のそら似ならびっくりするほどそっくりです。 その書き込みは拡散され、そしてすぐに削除され、それが繰り返されています。 どこかの誰かが知り合いに向けて書きこんだ、「秩序は一晩で回復させる。私が求めているのはあなたたちの民主政治への絶望だ」という、煽動者がデモ参加者に伝えていると思しき書き込みも、ものすごい勢いで広まり、そして必死に削除されています。 扇動者には、秩序を回復させる力があるんですね。 ある人が撮った写真には、デモ参加者が着ている日本製品ボイコットを呼びかけるTシャツの下に、防弾チョッキが透けていました。 そして片方の耳にはイヤホンが付けられています。 耳にイアホンがあるデモ参加者は各地で写真に撮られています。 青島の日系企業の工場が焼かれましたが、この暴徒は自然発生で集まったんでしょうか。 扇動者もなく現場に着き、警察が見ていない中で火がつけられたのでしょうか。 青島の警察は「デモに加われ」とは言わないのでしょうか。 もちろん、自分の意志でデモに参加している人もたくさんいると思います。 でも、動員されている人との比率は不明です。 動員された人たちは、何の見返りもないのでしょうか。 昨日長沙で行われたデモは、株洲日報という新聞社が呼びかけたそうです。 中国で新聞社がどういう立ち位置かは、言うまでもありませんね。 平和堂が襲われ、われ先にとなだれ込んだ暴徒によって、スーパーが空になるほどの略奪が行われました。 iPhoneやロレックスを手に入れたと自慢している人たちの書き込みも、微博で広められています。 日本では当局が制御できなくなっていると報じられていますが、果たしてどうでしょう。 シャッターを壊して突入しようとする暴徒を、ものすごい数の武装警察がだまって見ていたのはなせでしょう。 激しい焼き討ちや略奪が各地で行われているのに、ケガ人がでたという情報はほとんどありません。 私が知る中でケガ人が出たというデモは、人々が市政府に突入しようとして催涙弾が飛んだという深センのデモだけです。 中国では赤い旗を立てたものすごい数の漁船が集められているそうです。 中国政府の意思はすでに明白です。 日本はそれにどう対抗するのでしょうか。
(急がれる政府から独立した 国内人権機関の設立)日本弁護士連合会. http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/kokunaijinkenkikan10FAQ.pdf

2012年9月18日火曜日

(エートス・プロジェクトとは何か/ミッシェル・フェルネックス) 福島で昨年から始動し始めた<エートス・プロジェクト>とは何か、バーゼル大学医学部名誉教授ミッシェル・フェルネックスがその実態を明らかにする