2012年9月25日火曜日

(わが国の防衛産業政策の確立に向けた提言.日本経済団体連合会.2009年7月14日) http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/064.html 本年4月、北朝鮮が国連安全保障理事会の決議に違反して長距離弾道ミサイルを発射し、5月には地下核実験を行うなど、北東アジアの安全保障環境は緊迫化している。こうした安全保障環境のもとにおいて、防衛省・自衛隊の役割は、わが国の防衛のみならず、インド洋、イラク、ソマリア沖でのテロ・海賊対策等、海外派遣を含む幅広い範囲へと拡大してきた。 かかる状況のもとで、本年末に新たな「防衛計画の大綱」および「中期防衛力整備計画」が策定される。日本経団連では、現在の防衛大綱および中期防の策定に向けて、「今後の防衛力整備のあり方について」(2004年7月)をとりまとめている。今回の大綱策定に対しても、わが国の防衛技術・生産基盤の維持・強化のため、新しい安全保障環境のもとでの防衛産業政策の確立に向けて、以下の通り考えを述べる。 1.防衛産業の現状 防衛力は国民の安全・安心を守る安全保障の要であり、その重要な要素である防衛装備品の開発・生産を担っているのが防衛産業である。わが国の防衛産業は、「産業」と称しているが一般に大企業の一部門が防衛を手がけているケースが多く、防衛事業の比率は高い企業でも10~20%、中には数%にすぎない企業も多い。わが国においては、欧米のような防衛専業の大企業は存在せず、特定の大企業の一部門とその下請けである中小企業が防衛技術・生産基盤を支えている。採算が厳しいプログラムも多く、新規企業の参入も少ない。産業基盤としては規模・体制ともに不十分であると言わざるを得ない。 しかも、わが国においては、防衛関係費の減少傾向が続いており、とりわけ主要装備品の新規契約額は漸減し、1990年度のピーク時の6割程度の水準の約7,000億円に落ち込んでいる。防衛装備品の調達数量は徐々に減少し、この数年間全く調達がない装備品もある。そもそも中期防衛力整備計画で示された調達数量が達成されず、企業の生産計画に変動が生じているだけでなく、装備品の調達数量の減少はわが国の安全保障にとって大きなリスクとなっている。戦闘機は2年間新規契約が途絶えており、このまま細々とした生産を維持するのでは、人員の新規採用も進まず、現在の技術者や現場技能者などの退職に伴い、後継者がいなくなる事態に陥ることは必至である。このような厳しい環境のもと、各社とも人員削減や民生部門へのシフトなどで対応してきたが、これも限界に近づいており、すでに防衛事業から撤退したり、撤退を検討している企業も少なからず出てきている。 2.わが国の防衛産業をとりまく環境変化 わが国の防衛産業は、第二次世界大戦までに培われた産業基盤を基本的に活用してきた。ただし、戦後の防衛生産空白期の技術的な遅れを取り戻すために、戦闘機はじめ第一線の装備品は米国製のものが導入され、米国からの技術導入・ライセンス生産によって技術力の不足を補い、一方でわが国固有の運用要求が求められる装備品は、わが国の高度な民生技術の応用を進め、コスト面でも効率的に、国土・国情にあった独自の装備品が開発されてきた。わが国は、防衛分野における政府の研究開発投資が欧米諸国に比べて少なく、戦闘機など主要装備については、新たな技術分野に挑戦し新製品を開発するより、米国で実証された技術・装備品の導入により装備体系を維持してきたのが実態である。しかし、近年、こうした状況に大きな変化が起きている。 第1の変化は、いまや米国はじめ先進諸国は最先端の防衛技術の流出について非常にセンシティブになっていることである。同盟国といえども、これまで通りに最新の装備品や関連技術が提供・開示されることは困難であり、わが国が最新の装備品を外国から調達できる可能性は低下している。輸入できたとしても、中核技術はブラックボックス化されたり、運用支援を外国に依存せざるを得なかったり、ダウングレードされたスペックの装備品を提供される可能性も高く、運用の自律性という面で問題が多い。 第2の変化は、防衛関係の受注が減少していることに加えて、事業毎の採算性が重視される経営環境の中での世界的な経済危機である。防衛部門は、民生部門の豊富な研究開発投資で培った先端材料・エレクトロニクスなどの技術や、製造面での高精度・精密加工技術、その設備などを活用することで、防衛への研究開発投資の少なさを補い、最新の装備品を開発・生産してきた。また、人員等のリソースも民生部門と融通を図り、効率的な生産体制を維持している。しかし、昨年秋からの民生部門の業績の急激な悪化により、これまでのような民生部門の技術やリソースの活用による防衛事業の運営は困難な状況となっており、防衛部門自体としての事業の維持・強化が求められている。民生部門に頼らない形で防衛産業が発展し、防衛技術・生産基盤を維持・強化するために、政府の明確な防衛産業政策が必要である。 3.防衛技術・生産基盤の意義 防衛産業は防衛装備品のライフサイクル全般にわたり、開発・生産、部隊配備、運用支援、能力向上等によって防衛の一翼を担っている。このための防衛技術・生産基盤の意義は以下のとおり多岐にわたっており、基盤を維持・強化することは、国民の安全・安心を確保するため国としての重大な責務である。 (1)高度な技術力による抑止力と自律性の確保 高いレベルの技術力を有することにより、他国からの侵略に対する抑止力や外交交渉力を高め、防衛装備品の調達を他国に頼らない国家としての自律性を確保する。 (2)迅速な調達・運用支援と装備品の能力向上 緊急事態における調達、故障時の不具合の調査や修理等に対する迅速な対応、技術進歩に応じた装備品の改修・能力向上を実施する。輸入品では、海外に修理を出す場合は長期間を要し、その間の運用のため多くの予備品を用意しなければならないなど、かえって多くの費用が必要になることも多い。 (3)国土・国情にあった装備品の開発・生産 四方を海に囲まれ、山岳地帯や離島が多い日本列島の地理的環境や、専守防衛を第一とする基本方針にあった、わが国の防衛にとって最適な装備品の開発・生産と運用支援を行う。 (4)技術・経済波及効果 防衛技術・生産基盤を活用し、国内への投資により開発・生産を行うことは、国内産業の発展、経済成長につながる。また、最先端技術である防衛技術の開発は、新たな技術的ブレークスルーをもたらし、民生部門への大きな技術波及効果が期待される。米国で開発された軍事通信網、軍隊の位置把握のための先端的技術が民生部門へ波及し、いわゆるスピンオフによって、インターネット、GPS衛星を利用した自動車のナビゲーションシステムなどに発展し、世界中の経済社会に大きな影響を与えている。 (5)輸入やライセンス生産におけるバーゲニングパワーの確保 外国からの装備品の輸入、国内でのライセンス生産に際しての価格交渉にあたって、自ら開発・生産できる能力は国としてのバーゲニングパワーの確保につながる。 4.適正予算の確保と重要分野への集中投資 不安定な安全保障環境が続くなかで、自衛隊の任務の多様化が進んでいる。わが国の防衛関係費は減少傾向にあるが、安全保障にとって不可欠な装備品を取得するためには適正な規模の予算の確保が必要である。その前提のもとで、厳しい財政状況のなかで防衛技術・生産基盤の意義を踏まえ、わが国にとって重要となる以下の3分野に対して集中的に投資し、磐石な安全保障体制を確立すべきである。 (1)システムインテグレーション能力の向上等 「抑止力と自律性」、「迅速な調達・運用支援と装備品の能力向上」等の観点から、防衛技術の急速な進歩を背景に、新たな脅威や多様な事態への対応が必要となっており、脅威への弾力的な対応能力の維持、運用支援能力の確保を図るために個々の要素技術とそれをシステム全体としてとりまとめるシステムインテグレーション能力の向上が必要な分野である。こうした能力は、長期にわたり大規模な投資を必要とし、いったん基盤を喪失すると回復が困難である。具体的には、戦闘機、哨戒機、ヘリコプター、護衛艦、ミサイルシステム、航空エンジン、C4ISR #1 等のシステムインテグレーション能力ならびに精密誘導、ステルス、センサー等の要素技術が該当する。とりわけ、戦闘機の国内技術・生産基盤は弱体化しつつあり、次期戦闘機については国内の基盤を維持できる形での導入が必要である。 1 Command (指揮), Control (統制), Communications (通信), Computers (コンピューター), Intelligence (情報), Surveillance (監視), Reconnaissance (偵察) の略語。敵の状況を正確に把握し、味方を適時適切に運用するための機能。 (2)わが国固有の運用要求への対応 わが国の国土・国情から必要となる運用要求に対応し、また専守防衛の基本方針に合致した装備品の独自開発を行うため、国内に技術・生産基盤を維持することが非常に重要な分野である。具体的には他国に依存できない潜水艦・魚雷、戦車・火砲・弾薬、飛行艇等が該当する。 (3)技術の国際的優位性の確保 「技術・経済波及効果」の観点から、科学技術創造立国として、防衛と民生両部門が連携して、総合的に技術の国際的優位性を確保するため、防衛部門への投資が民生部門に波及し長期的な経済発展につながることが期待される分野である。具体的には、航空機、センサー、新素材等が該当する。 5.輸出管理政策の見直しによる安全保障強化と国際平和維持 1967年の武器輸出三原則および1976年の武器輸出に関する政府統一見解(以下、両者を合わせて「武器輸出三原則等」と言う)により、わが国ではこれまで一部の例外を除き、武器および武器技術の輸出が実質的に全面禁止とされてきた。一方、日米の安全保障協力が進むなか、弾道ミサイル防衛システムの日米共同開発・生産については例外として扱うことになっている。また、テロや海賊対策に関する途上国への貢献の観点から、すでにODAを活用したインドネシアへの巡視船艇の供与が実現している。 わが国の武器および武器技術に対する海外からのニーズは多岐にわたっており、その内容や最終の仕向け先、用途を総合的に勘案し、その製品や技術を提供することがわが国や国際社会の安全保障・平和維持に対してどのように貢献するかを判断基準として、一律の禁止でなく個々のケースについて検討し、適切に対応することが必要である。かかる観点から、平和国家の基本理念を踏まえつつ、武器輸出三原則等を見直すべきであり、まず以下の事例について検討する必要がある。 (1)欧米諸国等との国際共同研究開発 政府間の共同開発プログラム 現在、開発が進められている次世代戦闘機 F-35(JSF:Joint Strike Fighter)のように、装備品の高機能化・高価格化に伴う国際共同開発が欧米を中心に盛んに行われている。こうした国際共同開発においては、ハードウェアや武器技術の輸出が必然的に伴うことから、わが国は参加してこなかった。しかし、すでに一国だけで最先端装備を開発・生産する時代は終了したと言っても過言ではなく、その取得のためには、研究開発の段階から積極的に国際共同開発に参加すべきである。開発終了後に開発参加国に先駆けて装備品を調達したりライセンス生産することは極めて難しく、開発初期段階から参加することが最先端装備を早期に取得し、わが国の防衛力を強化するために最も有効な方策である。 民間レベルの共同研究等 政府間による装備化の正式決定の前に、先端的な装備品の要素技術について基礎的な共同研究が民間企業間で行われることがある。こうした初期の段階に日本企業が参加することも、防衛産業の技術力向上とわが国の将来の装備化に向けて重要である。 また、外国政府プログラムに民間レベルで参画し、外国メーカの下で構成品の開発・生産を担当する場合についても、検討する必要がある。 (2)ライセンス提供国の装備品取得ニーズへの対応 わが国が欧米諸国等からライセンスを取得して生産している装備品のなかには、ライセンス元での生産がすでに終了し、スペア部品等の調達に支障をきたしているものがある。こうした装備品をライセンス提供国の取得ニーズに応えて日本から輸出することにより、装備調達における支援や両国関係の強化が図れるだけでなく、結果的に調達数量の増加を通じたコスト低減につながる可能性もある。 (3)装備品開発における輸入品調達に関する技術提供 防衛省向け装備品の開発において海外から部品を調達する場合、外国企業に発注仕様を日本から提示する必要がある。その際、関連技術を提供しなければならない場合があり、適切な対応が求められる。 6.防衛における宇宙開発利用の推進 2008年5月に成立した宇宙基本法により、専守防衛の枠内において安全保障分野で宇宙を利用することが可能になった。また、本年6月に宇宙基本法に基づいて策定された宇宙基本計画では、安全保障分野での新たな宇宙開発利用として、早期警戒機能のためのセンサーの研究、各種衛星の防衛での活用によるデュアルユースの推進等が盛り込まれた。 これを踏まえ、防衛大綱および中期防において、早期警戒衛星や偵察衛星、射場の開発・整備等についても取り上げるべきである。予算については、政府の宇宙開発戦略本部に特別予算枠を設け #2、それを活用することを検討すべきである。 2 日本経団連の提言「戦略的宇宙基本計画の策定と実効ある推進体制の整備を求める」(2009年2月17日)では、「将来的には、既存の予算に加えて(宇宙開発戦略)本部の特別予算枠を設け、重要プロジェクトの推進を図るとともに、本部による一括要求も含めた宇宙関係予算要求のあり方についても検討すべきである」とした。 7.安全保障の確保に向けた防衛産業政策の策定 安全保障政策は国家の根幹であり、それを担保する防衛技術・生産基盤の維持は国が責任を持って行うべきである。近年、大地震等の自然災害に際して派遣された自衛隊の活動に関する報道が増えてきた。また、インド洋やイラク等で使命感を持って活動する自衛隊に対する国民の関心は日増しに向上し、安全保障の重要性に対する理解は着実に深まっている。 政府は、国民の期待に応え、わが国の安全保障に係る基本方針を明確に示したうえで、防衛産業が担っている防衛技術・生産基盤の維持・強化を図るため、長期的観点に立った防衛産業政策の策定を防衛大綱に盛り込み、それを実行すべきである。具体的には、すでに述べたように、防衛技術・生産基盤を維持するための適正な規模の予算の確保、重点分野への集中投資、武器輸出三原則等の見直しによる国際共同研究開発の枠組み構築などの施策の実施である。国の防衛力とは国の技術力、開発・生産能力そのものであり、技術あってこその抑止力である。 日本経団連としても、安全保障の強化のみならず防衛産業の振興を通じた経済発展に向けて、企業の自主的な研究開発の推進など、産業界として防衛技術・生産基盤の維持・強化に努めていく所存であり、政府の一貫した防衛産業政策の策定を期待する。 以上 参考資料

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