2012年12月11日火曜日

【論考】  IAEAと福島  〔その1〕 http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-72.html   【Ⅰ】 IAEAが福島に拠点 【Ⅱ】 原発再稼働とIAEA安全基準 【Ⅲ】 除染ミッションの指摘     【Ⅳ】 低線量被ばくとロシャール 【Ⅴ】 IAEAが健康調査を支援   【Ⅵ】 改めてIAEAとは 【Ⅶ】 IAEAと福島県当局  今月15日から17日、福島県郡山市において、「原子力安全に関する福島閣僚会議」(以下、IAEA福島会議)が開催される。IAEA(国際原子力機関)と日本政府の共催で、各国の閣僚、国際機関の関係者、原子力機関の関係者など約1千人が参加するという。  一方、このIAEA福島会議にたいして、市民運動・住民団体の呼びかけで、カウンター・アクションが呼びかけられている。  原子力の推進か、脱原発の道か。IAEA福島会議の問題は、この大きな選択にとって、ある意味で総選挙の結果以上に重要であるかもしれない。「脱原発宣言」をしたはずの福島県当局は、このIAEA福島会議を歓迎し、IAEAとプロジェクトを推進しようとしている。福島県民にとって、これは看過できない事態である。  本論考では、IAEAが福島で何をしようとしているのか、そして、福島県は何を考えているのかを、IAEA、日本政府、福島県などの諸資料をもとに検討していきたい。 【Ⅰ】   IAEAが福島に拠点  この章では、IAEA福島会議の概要など、前提的な事柄について触れておきたい。 (一) IAEA福島会議とプロジェクトの概要  ▽ 会議の概要  IAEAの案内〔*1〕によれば、IAEA福島会議の目的は、「福島原発事故の知見と教訓を国際社会で共有することである」とされている。  とくに16、17の両日に持たれる専門家会合に注目したい。  テーマは3つ、「福島原発事故からの教訓」、「福島原発事故を受けての原子力安全の強化」、「人と環境の放射線からの防護」。  第一セッション「福島原発事故からの教訓」では、田中俊一原子力規制委員会委員長などが基調報告を行う。  第三セッション「人と環境の放射線からの防護」では、ICRP(国際放射線防護委員会)から、クリストファー・クレメントICRP科学事務局長とジャック・ロシャールICRP主委員会委員が基調報告を行う。  この基調報告者の名前を見れば、この会議の内容もおおよそ見当がつくという人も少なくないだろうが、結論は急がずに事実をしっかりと見ていきたい。  ▽ IAEAと県が正式調印  また、IAEAは、福島県、福島県立医大と、除染や健康管理、放射性物質のモニタリングなどの共同研究プロジェクトを立ち上げる。これは、今年8月に佐藤雄平福島県知事がウィーンで天野IAEA事務局長と会談した際に要請したもの。12月の福島閣僚会議の場で、正式に調印し、プロジェクトの具体的な内容を発表するという。  具体的には、除染やモニタリングの研究拠点として、2014年度を目途に三春町と南相馬市に「県環境創造センター」を建設する計画を進め、IAEAが派遣する研究者の活動拠点とするという。福島県は、当初、IAEA福島事務所の設置を求めていたが、IAEAが予算上難色を示したため、県の施設として建設することになった。  さらに、県立医大では、放射線医療や健康管理調査の拠点として、「ふくしま国際医療科学センター」を11月20日に立ち上げた。県立医大では、昨秋、放射線生命科学講座、放射線健康管理講座を新設、今年4月には国際連携部門を新設し、IAEAから客員教授を招聘している。  福島県と県立医大が、原子力推進機関であるIAEAと積極的に組もうとしているというのが見えてくる。 (二) 「国境を超える影響」「公衆の懸念」  ところで、IAEA福島会議に関する動きを理解する上で、その背景にある福島原発事故以降のIAEAの動向を見ておく必要がある。  福島原発事故から3カ月後の昨年6月にウィーンでIAEA閣僚会議が開催された。その「閣僚会議宣言」〔*2〕に次のような一節がある。  「原子力事故は国境を越える影響を有する可能性があり、原子力エネルギーの安全性ならびに人および環境への放射線の影響に関する公衆の懸念を呼び起こす可能性があることを認識する」  「国境を越える影響」と「公衆の懸念を呼び起こす可能性」。つまり、福島原発事故を目の当たりにして、当事国である日本はもちろん、国境を越えて世界中で、原子力発電と原子力産業にたいする民衆の側の拒否の動きが広がっていることに危機感を募らせている。  IAEAは、もしもここで日本政府が「公衆の懸念」に押されて、IAEA安全基準やICRP勧告よりも厳しい基準で対応したり、それに応じた賠償を行ったり、ましてや原発推進政策から撤退したりしたら、それがたちまち他国にも波及し、原子力政策全体が成り立たなくなるという強い危機感を抱いているのである。  実際、昨年と今年の9月にウィーンで開催されたIAEA総会の場でも、日本から出席した政府関係者に次々と危惧が寄せられている。  「ウルグアイのエネルギー大臣は、東電福島事故後の新興国における原子力発電計画が直面する課題は、原子力へのリスクプレミアム増加によって10-15%の年利を考えなくてはいけない可能性すら出て来て、これによる経済リスクは新規建設にブレーキを掛ける可能性を指摘」(IAEA55回総会に出席した尾本原子力委員会委員の帰国後の報告)〔*3〕  「現在、2基を除いて全ての原子力発電所が再稼働できないでいると聞いていたところに、日本の国民が安全性を理由に原子力発電所をもはや受け入れず、政府が脱原発を決定したように報道されている。もしそうであれば、これから日本の技術を活用する可能性を検討している側にとって影響は甚大である」(IAEA56回総会で近藤原子力委員会委員長が意見交換した外国閣僚の話。帰国後の報告)〔*4〕   日本政府が民衆の圧力に妥協したら、世界の原子力政策が立ち行かなくなる。そういう強い危機感がIAEA福島会議の背景にあるということを踏まえておく必要がある。  ▽ IAEAのこの間の動き  福島原発事故以降のIAEAの主な動きを以下のようであった。 2011年5月  IAEA 福島原発事故調査団の訪日 6月  IAEA 原子力安全に関する閣僚会議 9月  IAEA 第55回総会 「原子力安全に関する行動計画」 10月  IAEA 除染ミッションの訪日 2012年1月  IAEA ストレステスト・レビューミッションの訪日 3月  IAEA 天野事務局長、「世界の原発はより安全になった」と声明 9月  IAEA 第56回総会 12月  IAEA 日本政府 原子力安全に関する福島閣僚会議   【Ⅱ】   原発再稼働とIAEA安全基準 (一) ピア・レビューの骨抜き  IAEAの場においても、福島原発事故の原因や安全対策の問題を問う声があがり論議になった。  「(欠陥のある)マークⅠ型への改良を日本政府及び東京電力はどのように対応したのか」(IAEA安全基準委員会 2011年5月)〔*5〕、「地震が・・・津波以前に炉心損傷の原因になったのではないか」(IAEA55回総会 2011年9月)〔*6〕  たしかに事故原因の一端に触れる指摘だが、これを言っているのがフランスやロシア。アメリカ製・日本製の原発の問題を挙げて、自国の製品の売り込みを有利にしたいという思惑が働いている。  そして、この論議の流れから、2011年6月の「原子力安全に関する閣僚会議」の場で、「原子力安全に関する行動計画」〔*7〕が議論され、その目玉として、<IAEA加盟国が多国籍の専門家チームが、各国の原発を、抜き打ちで強制力を持って安全評価を行う>というピア・レビュー(仲間の間で吟味するの意)が提案された。  しかし、自国の原発政策の独立性を維持したいアメリカや、これから原発を増やしていきたいインドや中国などが反対。6月の会議では採決されず、結局、9月のIAEA総会では「自発的な受け入れが強く奨励される」という強制力のない文言に大幅後退して採択。2012年9月段階で、ピュア・レビューの「自発的な受け入れ」を申し出た国はないという。  福島事故後、IAEAとしてほとんど唯一の具体的な安全強化策はまったくの骨抜きで終わっている。  にもかかわらず、IAEAの天野事務局長は、福島原発事故から1年後の2012年3月には「事故から各国が学び、世界の原発はより安全になった」と声明〔*8〕、11月には国連総会に同趣旨のIAEA年次報告書を提出している。 (二) 何が何でも再稼働  昨年来、脱原発を求める何万人もの人びとのうねりが、全国に広がっている。  そして2012年5月5日から、大飯原発3・4号機が定期点検に入り、全国50基の全原発が停止するという事態に陥った。     ▽ ストレステスト  IAEAは、この事態を前にして、2012年1月下旬の約1週間、「日本のストレステスト(耐性評価)の評価手法の妥当性に関するレビュー・ミッション」のための調査団を派遣、大飯原発の視察などを行った。このミッションは、日本側の要請で行われたという。  そして、調査団は、1月31日に、「本レビューチームは、総合的安全性評価に関する原子力安全・保安院の指示及び審査プロセスは基本的にIAEAの安全基準と整合していると結論づける」とした「報告書・要旨」〔*9〕を原子力安全・保安院に提出した。  ここでIAEAが言っているのは、あくでも、原子力安全・保安院のストレステストにたいする審査手法が、IAEA基準に適合しているという評価であって、大飯原発そのものの安全性の評価ではない。  なお、ストレステストとは、地震や津波などの負荷(ストレス)に対して、原発の安全性がどのくらい余裕があるかという耐性評価。それを電力会社が調べ、その結果を国および原子力安全・保安院が審査するというやり方。それをもって、政府は、原発再稼働の条件としていた。  こうして見ると、電力会社と原子力安全・保安院との関係を考えれば、IAEAが、原子力安全・保安院の審査方法を「適合」とすれば、ほとんど自動的に、大飯原発の安全性が「適合」となり、政府の再稼働の条件もクリアすることは明らかだ。  実際、1月31日にIAEAの報告書・要旨が提出されると、2月13日には原子力安全・保安院が、関西電力の提出した大飯原発3号機・4号機のストレステストについて、「妥当」とする審査書を発表。3月23日には、原子力安全委員会が、5分で原子力安全・保安院の審査書を「妥当」と確認。そして、その後の再稼働は政治判断となり、6月16日に政府が正式に大飯原発3・4号機の再稼働を決定した。  ▽ IAEAが促す  日本政府の側は、IAEAの権威を利用して再稼働にこぎつけようとした。また、IAEAの側も、再稼働を促す目的でこのミッションを送り込んだと思われる。  もっとも、IAEAは、日本の規制や安全の基準が、必ずしもIAEAの基準に適合しているとは思っていない。  福島原発事故以前に、再三、原子力安全・保安院の独立性の低さを指摘し勧告していた。また、今回のミッションでも、実は、1月31日の「報告書・要旨」とは別に3月27日に「報告書・全体版」〔*10〕が公表されているが、そこでは、「全電源喪失などのシビアアクシデント対策の具体性が欠如している」などの勧告を詳細に行っている。   しかし、ここで問題なのは、IAEAが、そういう点については承知の上で、「適合」という結論だけを押し出す形で1月に発表し、再稼働への道筋をつけようとしたということだ。   (三) 放射能過小評価の安全基準    日本は、IAEAのお墨付きを得て、ひとまず再稼働は果たしたものの、実は日本の原発の規制や安全の基準が、IAEAの基準とはかなり違うということが問題になり、これから、IAEA基準に沿った改変をどんどん迫られていく。それが、規制機関、避難基準、汚染対策などだ。  個別には以下に見ていくが、IAEAの基準の特徴は次の2点。 ① 事故については、<事故は起こる>という想定で基準や対策を組み立てている。しかも事故以外にも<原発が攻撃を受ける>という想定に立っている。それは、IAEAがそもそも核戦争体制の一環としてあるからであり、アメリカが、常時、中東や東アジアにおいて戦争状態にあるからである。 ② しかし、放射能にたいして、極めて過小評価している。より正確にいえば、健康被害による損失と政治的経済的な利益とを天秤にかけて、損失より、利益が上回れば、被ばく許容するという考え方だ。  IAEA安全基準文書では以下のように言っている。  「放射線リスクを生じる施設と活動は、正味の便益をもたらすものでなければならない。・・・施設と活動が正当であると考える為には、それが生み出す便益が、それが生み出す放射線リスクを上回っていなければならない」〔*11〕  「電離放射線に伴うリスクは、公正で持続的な発展に対する原子力エネルギーの寄与を不当に制限することなく、評価され管理されなければならない」〔*12〕  こういう思想で一貫している。 (四) 7日間で100ミリシーベルト  昨年7月から、「原子力災害対策指針」〔*13〕の検討が行われ、原子安全委員会から原子力規制委員会に引き継がれて、田中俊一の下で、今年10月に公表された。  「国際基準や福島原発事故の教訓等に踏まえて」としている。とくに、原発事故が発生し避難をする基準について、避難基準を意味するOIL(運用介入レベル)というIAEA安全基準の用語をそのまま採用している。そして、具体的な数値は「検討」しているが、「指針」と一緒に示された「放射能拡散予測計算」では、IAEAの基準である「7日間で100ミリシーベルト」を採用している。事実上、これが新基準ということだ。  ▽ IAEAの避難基準  では実際、IAEAの避難基準はどうなっているのか。IAEA安全基準文書を見てみよう。〔*14〕  確定的影響と確率的影響の大きく二つの判断基準を示しているが、とくに「確率的影響リスクを容認レベルまで低減する」判断基準が問題だ。 ◇緊急に行う対応措置を実施する基準とその措置. 甲状腺 最初の7日間で50mSv ヨウ素甲状腺ブロック 実効線量                  最初の7日間で100mSv  屋内退避、避難、除染 胎児の内部被ばく 最初の7日間で100mSv  食物、ミルク、飲料水の制限   ◇初期に行う対応措置を実施する基準とその措置. 実効線量          年間で100mSv  一時的移住、除染 胎児の内部被ばく 子宮内で成長する全期間で100mSv 食物、ミルク、飲料水の代替物の使用 ◇緊急時作業者の制限の目安値. 救命措置を行う作業者 . 500mSv ※この数値は、救命対象の利益の方が、緊急時作業者自身の健康リスクより勝る状況下で、さらに、緊急時作業者が志願し、リスクを理解している場合、超過することがある。  このように、「7日間で100ミリシーベルト」が避難などの基準、しかも胎児についても同じ。一的時移住や除染も「年間で100ミリシーベルト」が基準。  作業員については、500ミリシーベルトあるいはそれ以上も、となっている。    ▽ 「基準以下で避難は有害」  さらに、これらの基準に関して、次のような考え方が示されている。  「長期的な健康プログラムに、非常に低い線量(100ミリシーベルト以下)で被ばくした人を含めることは、不必要な不安を生じさせる可能性がある。さらに公衆の健康維持の観点から見て費用対効果性がない」  「確率的影響(がんや遺伝的影響が含まれる)は線量がどれほど少量であっても発生リスクが存在すると想定されるので、緊急時に関連するリスクをゼロ近くに削減することは非現実的であり、有害な面が多くなるだろう」〔*15〕   つまり、基準以下なのに避難を求めたりするのは、「有害」であると。100ミリシーベルト浴びるまでは避難させないということだ。あるいは、一時的移住と除染がセットになっていることから想像がつくように、除染で年間100ミリシーベルトになったら、元に戻れということが含意されている。 これが、IAEAの基準だ。  そして、田中俊一は、「事故の教訓」として、「この基準に則った原子力防災指針ができました」という報告をIAEA福島会議でやろうとしているのである。 【Ⅲ】   除染ミッションの指摘  国は、昨年8月に除染方針を大々的に打ち出し、「除染すれば帰れる」と繰り返し言ってきた。  しかし、実際に除染が始まってみると、「除染ではなく、放射性物質を移動させているだけで、<移染>だ」という声が、住民からも、実際に作業を担っている作業員からもあがっている。「ゼネコンのためではないか」という声もその通りで、日本原子力研究開発機構(JAEA)が元請となって、数社の大手ゼネコンの間で、除染利権を独占している。  しかし、一連の経過を見れば、国や東電にたいする怒り、健康被害の危険と避難や疎開を求める声、復旧や賠償の要求といった住民の訴えにたいして、国が、「とにかく除染」という方向で何とかかわそうとして打ち出した窮余の策という面が強い。 (一) 「過剰に安全側に立った考え方」     これにたいしてIAEAは、昨年10月に「除染に関するミッション」を派遣、国にたいして、「助言」という表現で、日本政府に対して注文を付けている。その「最終報告書・要旨」〔*16〕によれば次のように言っている。  「日本の当局は、被ばく量の低減に効果的に寄与し得ない、過剰に安全側に立った考え方を回避することが奨励される。この目標は、現状において『正当化の原則』および『最適化の原則』の現実的な実施を通して達成することができる。より多くの放射線防護専門家(及び規制機関)を、政策決定者を補佐する組織的な構造において関与させることが、この目的の達成にとって有益かもしれない。IAEAは、新しい、適切な基準の検討に当たって、日本を支援する用意がある」    これは「助言」という表現だが、強い危惧が示されている。政府・原子力災害対策本部の「推定年間被ばく線量が20ミリシーベルトを下回る地域においても・・・除染を実施し、推定年間被ばく線量が1ミリシーベルトに近づくことを目指します」〔*17〕にたいして、「過剰に安全の側に立った考え方」だと批判している。つまり<基準は、1ミリシーベルトではなく、20ミリシーベルトで十分だ。それ以下にするというのはやり過ぎだ>と言っているのである。  そして、<ICRPの原則に従うように>と促している。端的に言えば、<費用対利益という損得勘定で考えろ>ということだ。  「正当化」「最適化」をここで説明しておこう。 ◇ 「正当化」とは  「正当化」とは、被ばく作業を行うに当たって、被ばくという被害に伴う損失と、作業によって得られる利益とを比較して、利益が上回らなければならないという考え方。これについてICRPは、例として、放射線治療を施す場合、患者にとって被ばくのリスクと治療効果の利益という対照を挙げる。  しかし、ICRPが想定しているのは、作業者や被害者ではなく、国や原子力産業にとっての損失・利益だという点に注意をする必要がある。この場合、健康被害が出たときに生じる治療や補償の費用問題が損失であり、国や原子力産業の行う事業の進捗が利益になる。そして、被ばくによって健康被害が起こったと認める被ばく量の基準を高くしておけば、利益の方が上回ることになる。また利益が大きければどんどん浴びても構わないということも出てくる。 ◇ 「最適化」とは  また「最適化」とは、とくに低線量被ばくの領域の問題についての考え方。 ICRPも、放射線被ばくと健康被害に関してしきい値はない、つまり、どんなに低線量の被ばくでも健康被害はあるということを認めている。しかし、被ばく線量をより小さくしようとすると、より大きな費用が必要になるので、得られる利益に対して、それに見合わない費用がかかる場合がある。そこで、どこかでどこで線を引く必要があるというのが「最適化」。  これも被ばくし健康被害を受け、それに苦しむ者を主体に考えたら、どんなに費用をかけても防護策を取るべきと考えるだろう。しかし、国や原子力産業を主体に考えると、一定の割合で健康被害でるには違いないが、防護策にかけられる費用には限度がある。あるいは、健康被害が出るにしても、それが社会問題にならないで済めば、防護策にかける費用は抑えることができる、ということになる。  助言の言う「過度に安全」とは、<健康被害がない>という意味ではなく、費用対利益の観点で、<ある程度の健康被害は出るが無視してよい>という意味になる。 (二) 「修復」は10ミリ基準  ところで、IAEAは除染についてどういう考え方なのか。IAEAだけでなく、原子力用語としての除染は、原子炉に関連する機器や配管、衣服・身体や車両など、ごく限られた部分について施されるもの。核実験や原子力施設の事故によって広範囲に汚染した場合、除染などできない。  だから、IAEAでは、広範囲の汚染にたいする対策を「修復」と言っている。具体的には、被ばく線源の除去・削減、長期的防護活動、食品や飼料の制限、立ち入りや土地利用の制限と、広義に使っている。  そして、IAEA安全基準文書では次のような注意書きをつけている。 「『修復』とはすべての放射能を取り除いたり、放射性物質をすっかり取り除いたりすることを意味するものではない。最適化過程により大きく修復ができるかもしれないが、必ずしも以前の状態まで回復するわけではない」〔*18〕  その限りは正直だ。  しかし、その文書で、参考レベルとして示している基準は、年間10ミリシーベルト。それ以下では、<修復は正当化されないとし、制限なしの解放の基準である>としている。つまり<費用対利益からして、年間10ミリシーベルト以下は、何もせず放っておいていい>というのだ。  また、修復の責任は、汚染の原因者ではなく、汚染した地域の所有者または管理者になっている。  さらに、修復の費用は、原因者が負担すべきだが、その費用が、原因者の通常の経済活動に比べて「不釣り合いに高いかもしれないということを理解」して、産業界、地域社会、政府などが負担するだろうというのだ。    こうしてみたとき、日本政府は、さしあたり除染を続ける以外ないが、除染の成果が上がらないことを突きつけられていく中で、IAEA基準に沿う方向で開き直ることになるだろう。   【以下、〔その2〕に続く】

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