2013年3月2日土曜日

(論文.チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患.ユーリ・バンダシェフスキー教授.) ベラルーシの住民の死因のうち主なものは心臓病と悪性腫瘍である。 最大死因である心臓病が統計的に有意な増加を示していること、中でもチェルノブ イリ原発事故の後処理に関わった人びとの間で増加していることには不安を 禁じえない. 食物から永久的・慢性的に摂取される状況下において、放射性核種セシウム 137は甲状腺、心臓、腎臓、脾臓、大脳など、生命活動のために 重要な臓器に蓄積される。これらの臓器が受ける影響の度合いは様々であ る. セシウム137の取りこみにより、高分化細胞の代謝障害と変性・ 類壊死性のプロセスが進行する。それらの傷害の重症度は、生体内および上に挙げた臓 器内のセシウム137濃度によって左右される(セシウム濃度の関数である)。 傷害プロセスの強度ともたらされる組織傷害は並行する。通常、いくつかの 臓器が同時にその有毒な放射線の影響にさらされると、全般的な代謝障害が 誘発される。注意すべきなのは、生理的状況下において細胞増殖 が無視できるほど尐ないか全く起きない臓器や組織(例:心筋)が最も被害をこうむる ことである。生体内に蓄積された場合、セシウム 137は代謝のプロセスを阻害し、細胞膜の構造に影響を与えるとみられる。こ のプロセスは多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが 心臓血管系である。心筋における組織的・代謝的・機能的変異は放射性セシ ウムの蓄積と相関関係にあり、その毒性の影響を証明する。エネルギー産生 系システムとミトコンドリア系システムが侵される。セシウム 137の蓄積量が増えることによって細胞において重大かつ不可逆的な変化が起こると、類 壊死のプロセスが発生する。エネルギー不安定性の影響でクレアチン・フォ スフォキナーゼという酵素の抑制が表れる. セシウム137の影響が最も激しく現れるのは、成長中の生体の心臓血管系で ある。小児の心筋における10Bq/kg 以上の放射性セシウム蓄積は、電気生理学的な諸プロセスの異常をもたらす。 1986年以降に生まれ、セシウム137による地表汚染が15Ci/km2. (訳注:55万5千Bq/㎡)以上蓄積する地域で継続的に暮らしてきた人びとには、心臓血管系の深刻な病理的変異を反映す る症状と心電図異常が現れる。学齢期の児童では、放射性核種セシウム137の取りこみにより、心拍の障害をもたらす心筋の電気生理的な障害が引き起 こされる。 生体内の放射性核種量と不整脈発生率との間には、明らかに相関関係が見受けられた. 900Bq/kgの放射性セシウムが検出されたアルビノラットの腎臓の組織 像。空洞の形成をともなう壊死および糸球体の破壊、および尿細管上皮の壊死と硝子化変性、 HE染色。倍率125倍。 症状はかなり臓器毎に特異である。図 2.17は腎臓における影響を示している。微小循環系の組織構造が異なるため、放射線被ばくによる病理変化も臓 器によって異なる特徴を示す。腎臓の放射性疾病でネフローゼ症候群が伴う ことはごく稀だが、通常の慢性糸球体腎炎に比べて重く、経過が早いという 特徴がある。後者の場合、悪性がしばしば早い時期から発症することが多い。2-3年のうちに放射性腎臓障害は慢性腎不全や脳卒中、心臓病などを併発す るようになる。生体中に代謝性に蓄積し、それが心筋やその他の臓器に有毒な影響をもたらし、高血圧を発症させることに加え、腎臓の破壊は、セシウ ム137の主要影響の1つである。ゴメリにおける突然死の89%はこの種の全般的な臓器の破壊を伴っており、その状態は生前には記録されていなかっ た。また肝臓の深刻な病理的変化も重要である。肝臓において顕著な細胞蛋白の破壊と代謝性変容を伴う中毒性変性が進行すると、類脂肪物質が生成さ れ、それが脂肪肝や肝硬変などの深刻な病理的進展をもたらす 肝臓への放射性セシウム蓄積-142.4Bq/kg脂肪・蛋白変性、肝細胞壊死。 HE染色。倍率125倍。 内分泌系もまた、取り込まれたセシウム 137の影響にさらされる。それから副腎も取り込まれたセシウムに影響を受けると見られる。コルチゾールレベルは体内セシウム濃度に左右される。母親の胎 内(特に胎盤)に相当量の濃縮されたセシウム137が蓄積されていた新生児においては、コルチゾール生成の変異が特に顕著にみられる (図2.19) 。これらの胎児たちは子宮に適応できないことでよく知られる。この影響は、セシウム137 が与えられた母親を持つラットにみられる. 図 2.19-セシウム投与群(テスト群)、非投与群(対照群)にみられる母親 と胎児の血液中のコルチゾール濃度. 女性の生殖系の疾患は内分泌系統の異常で起きる。放射性セシウムはまた、 妊娠可能な女性では性周期のさまざまな時期における黄体ホルモン-女性ホ ルモンのアンバランスの原因ともなる。これが不妊症の主たる要因となる。 胎盤その他の内分泌系の臓器に取り込まれた放射性セシウムは、母親の生体 にも胎児にもホルモン障害を増加させる。特にセシウム137の濃度が高まる とテストステロンや甲状腺ホルモン、血液中のコルチゾンの含有量も増加す る。放射性セシウムにより母子の生体内でホルモンバランスが乱れると、妊 娠期間が遷延し、分娩合併症と新生児の発育障害が増加する。母乳を与える 場合、放射性セシウムは子の生体中に移行する。従って、母親の放射能が減 った分、子の生体はセシウム137により汚染される。この新生児期にからだ の諸器官が形成されるが、放射性セシウムは子の生体に対して極めて否定的 な影響を与える。放射性元素の取りこみに最初に反応するのが神経系である。 28日間オート麦を介して放射性セシウムを40-60Bq/kg投与したラットでは、 脳の様々な部位、特に大脳において、モノアミンおよび神経刺激性のアミノ酸の生合成に顕著なアンバランスが起こる。これは平均致死線量. 胞の生存率を37% まで減らす線量。哺乳類では1~2Sv)あるいはそれを越え る線量に被ばくした場合に見られる現象である。このことは自律神経の様々な障害に反映される. 放射線汚染地域に住む児童に白内障が増加した件についても触れられるべき だ。この疾患の検出頻度は、他の疾患と同様に、生体内の放射性核種セシウム137の量と直接関係性がある. まとめると、長寿命の放射線核種セシウム 137 は、多数の生命維持に重要な 臓器や身体系統に影響を与える。その結果、放射性セシウムの濃度に依存す るプロセスとして高分化細胞が悪影響を受ける。エネルギー産出系統の破壊 を基盤にしたこのプロセスは、蛋白の破壊へとつながっていく。この繋がり において、セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓 器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる。これは毒性組織 (窒素化合物)の直接的な影響と効果、および心臓血管系の障害による組織 発育の阻害とによるものである。セシウム137により人間や動物の体内に引 き起こされる病理的変異をすべてまとめて「長寿命放射性物質包有症候群」 (SLIR)と名付けることもできそうである。この症候群は生体に放射性セ シウムが取り込まれた場合に表れる(その重症度は取り込まれた量と時間で 決まる)。そして、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、 生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異 によって規定される代謝障害という形で表れる。 SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、そしてその臓器の機能的状態により異な る。子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きて いる。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における 代謝異常が起きることが報告されている。 (結論.) チェルノブイリ原発事故から 23年長期間に渡って放射性物質に汚染された地域に生活しこれらの放射性核種を摂取してきたベラルーシ共和国の住民 たちは、心臓病と悪性腫瘍の発症リスク増加に見舞われてきた。これらの病 気が事故後23年間着実に増加し続けたことにより、住民の死亡率が出生率 を2倍以上上回るという、人口統計上の大惨事といえる状況がもたらされた。 現在の状況は、チェルノブイリ事故の被害を受けた地域に暮らす市民の健康 を守るための対策を速やかに講ずるための国レベルおよび国際レベルの決断 を必要としている。 1986年4月26日のチェルノブイリ事故は、その規模と影響からみて人類史 上最大の人災と考えられている。その社会的・医学的・生態学的影響は、詳 細な研究を要する。ベラルーシは欧州全体で最大の被害をこうむった国だ。 チェルノブイリ原発4号炉で起きた事故の結果大気中に放出された放射性物 質の約70%はベラルーシ共和国の領土の23%以上に当たる部分に降下し、 そこを汚染した。この地域では現在、子ども26万人を含む約140万人の 住民が暮らしている。 いまだに放射能汚染について大きな問題を抱えている 地域が散見される。 最も危険なのは放射性物質セシウム137とストロンチウム90を含む食材の摂取である. これらの放射性核種が内部被ばくに寄与す る割合は70-80%に達する(バズビー&ヤブロコフ2009年) 死亡率の上昇と出生率の低下により、 1993年以降のベラルーシの人口は、2002年は-5.9‰、 2003年は-5.5‰、2005年は-5.2‰と、マイナス傾向になっている. http://www.crms-jpn.com/doc/チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 Y・バンダシェフスキー教授.pdf

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