2012年11月14日水曜日

アメリカによる内部被曝隠しと放射線影響研究所 その2. http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2cdc4ca897d9cf7f8e4fc8dac257cf79 (放射線防護における放影研の位置性) 放影研は私たちが今、福島原発事故と向き合うとき、とくに放射線被曝からの 防護を推し進めるときに、非常に重要な位置を持った組織として存在していま す。なぜなら、放射線防護の指針の大元になる、放射線と人間の関係の基礎的 なデータを与えてきたのがこの組織だからです。 放射線と人間の関係を突き詰めていったとき、とくにどれぐらいの放射線が、 どれだけのダメージを身体におよぼすかを考察する際、私たちは必然的に広島 と長崎で投下された原爆の問題に行き着いてしまいます。なぜならこれほど 大規模な放射線被曝を被った経験が人類には他にないからです。 いいかえれば、私たちが今、考察の元にしている放射線と人間の関係に関する データは、広島・長崎の被爆者の調査から得られたものなのです。そしてその ための調査を勧めたのが、この放射線影響研究所の前進のABCC(Atomic Bomb Casualty Commission)というアメリカによって作られた組織でした。 設立は1947年。日本名を「原爆傷害調査委員会」といいました。全米科学 アカデミー・学術会議の管轄とされましたが、実はアメリカ軍が大きく関与し ていました。というよりもアメリカ陸海軍が、学術会議の体裁を装いつつ、 設立したのがこの組織でした。 (放影研の前進のABCCが目指した内部被曝隠し) その目的な何か。一つには、原爆の兵器としての威力を知ることでした。とく に研究対象とされたのは、原爆が爆発された時に直接に発せられる放射線の 威力でした。原爆が爆発すると、中心部から高線量の中性子線とガンマ線が飛 び出してくるのですが、それが人体をいかに破壊するのかが重視されました。 つまり兵器としての直接的な殺傷能力の研究です。いかに「敵」を倒せるかの 研究の他に、アメリカ軍が原爆攻撃を受けた場合に、どれだけの兵士が生き残 り、反撃に転ずることができるのかを試算するためのものでもありました。そ のために原爆炸裂と同時に人々が浴びる放射線のダメージが研究対象とされた のです。これは今もなお、放影研の研究の基軸にすえられています。 一方でABCCが大きな目的としたのは、この原爆が破裂した時に飛び出してくる 放射線・・・初期放射線と呼ばれましたが・・・に対して、あとから死の灰と して降ってくる放射性物質からの被曝の影響を、全くないものとしてしまうこ とでした。事実、ABCCはそうした報告を長年にわたって出し続けました。 実際には、原爆破裂後に発生したきのこ雲の中に、膨大な数の核分裂性放射性 微粒子が生まれ、広範な地域に効果しました。これを浴びたり、吸い込んだり、 あるいはこれによって汚染されたものを飲食することにより、広範な人々が 内部被曝をしたわけですが、アメリカはそれをそっくり隠そうとしたのでした。 このため被爆者調査の「一元化」が行われ、他の機関がけしてデータの蓄積や 原爆による人体への影響の研究をすることがないように、厳重な監視が行われ ました。その意味で、ABCCは内部被曝の被害を隠すことそのものを、アメリカ 軍の核戦略の重要な一環として担ったのです。 (なぜアメリカは被曝実態を隠そうとしたのか) それはなぜだったのか。実は1920年代にショウジョウバエにX線をあてる研究の 中で、次世代に突然変異が起こることが確かめられていたことを経緯としつつ、 原爆投下直後から、ヨーロッパの遺伝学者たちの中から、原爆の兵器としての 非人道性の告発が始まったからでした。 同時に、日本の敗戦後に広島に乗り込んだジャーナリストが、その惨状を世界 に向かって発信しはじめました。イギリスの『ロンドン・デイリー・エクスプ レス』は「広島では・・・人々は『原爆病』としか言いようのない未知の理由 によっていまだに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている」と報道しました。 (1945・9・5) またアメリカの『ニューヨーク・タイムズ』は「原子爆弾は、いまだに日に100 人の割合で殺している」と書きました。(1945・9・5)アメリカ軍はこれらに対 処する必要から、原爆製造計画=マンハッタン計画の副責任者のファーレル准 将を翌日6日に東京に派遣して記者会見を行います。そして「死すべき人は死ん でしまい、9月上旬において、原爆で苦しんでいる者は皆無だ」と声明させまし た。 さらに9月19日にはプレスコードによって、原爆に関する報道を全面的に禁止し てしまいました。原爆被害の全資料は最高軍事機密とされ、米軍による一元的 管理のもとに置かれたのです。こうしたことの継続として、1946年末にABCCの 設立が計画され、1947年からその歩みをスタートさせたのでした。 (内部被曝隠しと被爆者の切り捨て) では内部被曝はどのようにして隠されたのでしょうか。まず第一に、放射線の 害を原爆破裂時に飛び出してきた中性子線とガンマ線、およびそれによって放 射化されたものに限定することによってでした。アメリカはこの放射線の到達 範囲を爆心地から半径2キロ以内とし、それ以外の人々はまったく放射線を浴 びていないことにしてしまったのです。 このため原爆投下時に爆心地の近郊にはおらず、あとから救助に向かったり、 家族を探すなどして市内に入り、対象の放射性物質を吸引して内部被曝した 人々、長らく「入市被爆」と呼ばれてきた人々が、対象外に置かれてしまいま した。きのこ雲の下にいて、大量の放射性物質の降下にさらされた人々も同じ でした。 こうしたアメリカの目的を維持するために、ABCCは強引な調査を続けました。 前回の「報道特集」の中でも触れられていたように、いやがる被爆者をジープ を乗り付けて強引に連れて行き、裸にして検査を行い、極めつけとして何の医 療行為もしませんでした。医療行為をすると被害の証拠が残るためだからでし た。ABCCはこうした被爆者に起こった全てのことを一元管理したのでした。 しかも放射線の殺傷能力に関心を持つABCCは、被爆者の遺体を求め続け、さま ざまな手で強引にわがものとして解剖を繰り返しました。被爆者の内蔵標本な どを作り、原爆の威力の研究のために使ったのですが、こうした姿勢は、被爆 者の批判、恨みを根深く受け続けることになりました。 これらのために被爆者は、二重・三重の苦しみを背負わされました。まずアメ リカが報道管制を敷いて、原爆に関するあらゆることを秘密事項としてしまっ たために、被爆者の惨状は日本国内ですら社会的に伏せられてしまい、何らの 救済も及ばない時期が長く続きました。被爆者に対する法的援護が始まったの は、被爆後10年以上も経ってからでした。 さらに内部被曝隠しのもとで、たくさんの実際に被爆した人が「被爆者」とし て認められなかったり、認められても、自分の病気を放射線のせいだとは認め られないといったことがたくさんおこりました。とくに被爆者のうち、放射線 を浴びて病にかかったと認定された人は「原爆症認定」を受けることになりま したが、その数は被爆者全体のごくわずかにとどまり続けました。 ABCCは内部被曝を隠し続けるために、こうした被爆者の苦しみを放置し、救済 の道を遠ざけ続けたのであり、まったくもって非人道的で酷い役割を果たし続 けてきたことが批判される必要があります。ABCCを引き継ぐ放影研は何よりも このことを被爆者に対して謝罪すべきです。 (非常に甘い放射線防護基準の創出を下支え) ABCCと放影研の果たしてきた役割はそれだけはありませんでした。このように 内部被曝を伏せたままのデータを、放射線と人間の関係の基礎的データとして 世界に公表することで、ICRP(国際放射線防護委員会)による放射線防護基準 の策定をデータ面で支える役割を果たしました。 この場合のデータも、内部被曝を隠したことにとどまらず、さまざまな形で実 際の被害を過少に見積もる操作が繰り返されたものでしたが、このことでABCC と放影研は、世界中の人々に、微量は放射線は危険ではないとして、事実上、 被曝を強制する役割を担いました。 広島・長崎の被爆者から得た恣意的なデータを利用して、放射線被曝の影響を 小さく見積もり、世界中の人々に、さらなる被曝を強いてきたわけですから、 ABCCと放影研が行ってきたことの罪は極めて深いといわざるをえません。しかも それは今日、世界の「放射線学」のベースをも形作っているのです。 福島原発事故による膨大な放射能漏れと、それにもかかわらずものすごい数の 人々が、汚染地帯に今なお住んでいる現実を見るとき、私たちはこうしたABCC と放影研、そしてICRP(国際放射線防護委員会)が築き上げてきた内部被曝隠 しものとでの虚構の「放射線学」を解体し、真の被曝の科学を打ち立てること こそが問われていることを痛感せざるをえません。 (TBS特集番組の突き出したもの・・・求められるのはデータの全面公開!) こうした観点から見るときに、今回の報道特集において、内部被曝の研究をして こなかった放影研が、膨大な放射能漏れを引き起こした福島事故と、その低線量 被曝の影響においては、何ら参考にたる蓄積を持っていないことを引き出したこ とは、それ自身が画期的な位置を持っていることだと言えます。 なぜなら事故後に行なってきた政府による「放射能は怖くないキャンペーン」や これを支えてきた「原子力村」に連なる人々の言動のほとんどが、ABCCと放影研 が積み重ねてきたデータに基づく、ICRP=国際放射線防護委員会の言質の上に たっているものであり、この番組での放影研・大久保理事長の発言は、これらの 論拠を根底から解体するに等しい重みを持っているからです。 その意味で私たちは、ここで述べられた放影研の見解を公式文書として引き出し、 今後、内部被曝を含む低線量被曝の考察において、放影研のデータは利用するに 値しないこと、また放影研のデータに基づくあらゆる言質は今後通用しないこと をはっきりとさせていく必要があります。ここまで私たちが行うことで、この 番組が突き出したものは非常に大きなものとなりうると思います。 その上で、私たちはこの番組の中で表明されている放影研の方向転換については 真摯な反省を媒介としたものではないが故に、信用に値するものではないことも、 確認しておかねばならないと思います。先にも述べたように放影研は長年にわた る被爆者への仕打ちをこそ誠意をもって謝罪すべきであり、それを方向転換の 土台とすべきです。 さらに放影研が今すぐになすべきことは、被爆者から強引に収集した全てのデー タを公開し、多くの人々の自由な研究の手に委ねることによって、国家機関の手 から離れた真の内部被曝研究の道を切り開くこと、そのために貢献することであ ると言えます。私たちは今後、このことをこそ放影研に求めていくのでなければ なりません。報道特集はこうした重大な問題を引き出すことに成功しました。 これを受けた私たちの行動が今、問われています。

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