2012年2月7日火曜日
http://onodekita.sblo.jp/article/53491315.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
北九州の方から、植物の被害、健康被害についてレポート.
2012年2月6日月曜日
初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。
まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。
私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。
その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。
しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。
それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。
私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。
そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。
「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。
いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。
国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。
私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。(渡辺謙さん、ダボス会議でスピーチ 原子力からの転換訴える)
東京新聞 2012年1月26日
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俳優の渡辺謙氏が、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)に日本の芸能人としては初めて参加して、脱原発を訴えた。しかし、日本のメディアは渡辺氏がダボス会議でスピーチをしたことには触れているが、その内容は、「絆の大切さ」を語ったことのみが強調されており、渡辺氏が「脱原発」を訴えたことには触れないメディアが多かった。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Lupan-j.html
チェルノブイリ原発周辺住民の急性放射線障害に関する記録
ウラジーミル・ルパンディン
ロシア科学アカデミー・社会学研究所(ロシア)
2012年2月5日日曜日
http://katukawa.com/?p=4875
スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか
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チェルノブイリ事故を経験したスウェーデンは、どのような放射線防護をしているのか.本書は、スウェーデン防衛研究所を中心に、農業庁、農業大学、食品庁、放射線安全庁が協力して作成した「プロジェクト・どのように放射能汚染から食料を守るか」(1997~2000年)の報告書の翻訳.
2012年2月3日金曜日
2012年2月2日木曜日
http://mzn311.wordpress.com/2012/01/30/
【NHKディレクターを守ろう】NHK総合TVで放映された『追跡!真相ファイル』「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」の番組ディレクターが、原子力ムラからはげしいバッシングを受けているそうです。みんなで援護しよう.
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このままでは、心あるディレクターがつぶされてしまうでしょう。ぜひ、
みなさん、「このような番組は意義がある!」「低線量被ばくの過小評価にメスをいれた続編を!」「ディレクターがんばれ」というような前向きな評価のコメントをNHKに届けてください。視聴者の声うけつけの電話番号は下記です。
0570−066−066
NHKの「みなさまの声にお応えします」のページは下記です。ここ
から意見を送ることもできます。
http://www.nhk.or.jp/css/index.html
どうぞよろしくお願いいたします.
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バッシングの内容は下記です。そうそうたるメンツです。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/aesj/snw/media_open/document/nhk_kougi120112.pdf
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31625
大地震から命と家族を守る,正しい判断
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1:その電車から降りるべきか? 家の外に出るべきか?みんなと一緒にいるべきか? 高速道路は出口まで走り続けるべきか?---大地震でいちばん怖いのは「殺到」「パニック」。地震でなく、地震後に死ぬ。知識があれば、あなたは助かる
火を消しに行かない
不気味な予兆を見せる首都圏大地震。自宅で、通勤電車で、会社で—その際、自分と家族の命を守るにはどうしたらいいのか。
「私は、阪神・淡路大震災のときには大阪市北消防署の署長でした。この地域では震度5強の揺れを観測しています。ところが地震が起きて、みんなすぐに家から飛び出してきたものの、そのままじいっと立っている人がたくさんいた。東日本大震災の聞き取り調査でも、自宅から出ても空や海を眺めていた人が多かったのです。津波から身を守るための、次の行動がなかなかできないんですね」
と語るのは大阪市で消防署長などを歴任した防災アドバイザーの森田武氏だ。これについて災害時の心理に詳しい新潟青陵大学の碓井真史教授はこう解説する。
「大きな不安や恐怖に直面すると、人間は『退行』という現象を起こします。幼児のように感情的・暴力的になり、判断力が大幅に低下して何をしたらいいかわからなくなるのです。
災害時には普段考えていないこと、やったことのない行動はまずとれない。一見『バカバカしい』と思える基本的な知識をもっていることが命を救うのです」
ではまず、多くの人が長い時間を過ごす自宅で大地震に見舞われたら、どうすべきか考えてみよう。
揺れ始めた直後、「家を飛び出す」のと、「屋内にとどまる」のはどちらがよいか。災害社会学が専門の中森広道日本大学教授は「外に出てはいけない」と力説する。
「阪神・淡路大震災や新潟県中越地震などで建物自体が潰れたケースが報道され、外のほうが安全というイメージが広がったのですが、むやみに外に飛び出すほうがずっと危険。転倒や、ガラスや瓦、壁などの落下物でケガをする可能性が高い。まずは屋内で揺れをやりすごすのが正解です」
かつては、地震がきたら火を消すことが最初にとるべき行動とされていたが、これも現在では推奨されていない。
「火のそばに行って火傷をした、倒れてきた食器棚や家具類でケガをしたなどの事例が多発しています。地震発生時には、火よりもまず、身の安全を図ってください」(東京消防庁防災課)
東京ガスの場合、メーターが震度5以上の揺れを感知するとガスが自動的に止まる仕組みになっている。火を使っているとき地震に遭っても、過剰に慌てる必要はないのだ。
防災用具を取りに行こうとするのも同様に危険だ。
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2:「ヘルメットなどがあればかぶったほうがいいのですが、離れた場所に保管してあるなら、その場で間に合うもので頭部をガードしてください」(前出・中森氏)
やはり身を守るのが最優先なのだが、前出の森田氏はその際に忘れがちなポイントを指摘する。
「防災関連の冊子の挿絵でも忘れられていることがあるのですが、机の下に待避する際は脚をしっかり握ること。揺れで机が移動してしまうのを防ぐのです」
人間は「逃げ遅れる」生き物
最初の揺れをやりすごした後の行動は建物の耐震性によって変わる。
「鉄筋コンクリート造りなどで柱の太い建物、木造でも耐震補強がなされている住宅などでは中にとどまってもよいのですが、倒壊の危険がある場合は、落下物に注意しながら早く屋外に退避してください。阪神・淡路大震災では住宅等の倒壊による圧死が死者の80%を超えています」(同前)
大地震の際は大きな余震もつづく。はじめは何とか耐えたとしても、繰り返す揺れで倒壊してしまう家屋も少なくない。とはいえ、自宅の耐震性がどの程度かわからないという人も多いだろう。それを知るためにもっとも確実な方法は、自治体などが勧める耐震診断を受けることだ。
もっと手っ取り早く危険性の大小を知りたければ建物が建てられた時期をチェックするとよい。都市防災の専門家でまちづくり計画研究所の渡辺実所長が語る。
「マンションやビルの場合、1981(昭和56)年5月以前に着工したものは耐震基準が緩かったため、危険です。阪神・淡路大震災の例を見ても、『座屈』(柱が折れて階が潰れる現象)を起こした兵庫警察署などはこうした旧耐震基準の建物でした」
大型マンションや勤務先のビルなどで築年数がわからない場合は玄関付近を調べるといい。竣工年月日(完成日)や工務店名を刻んだ「定礎」というプレートが埋め込まれているはずだ。
旧耐震基準の建物でも、その後、適切な耐震補強が行われていれば安心だが、その実施状況は建物の管理者に確認するしかない。
もし、地震に遭った際に、コンクリートの柱にX字の亀裂が入るようなら要注意だ。座屈を起こし、その階が潰れる可能性が高いので、すぐに避難しよう。
戸建て住宅の場合は、建設されたのが'95年の阪神・淡路大震災以前か以後かがひとつの目安になる。これ以後、多くの住宅メーカーが耐震性を競って多数の耐震金具を取り入れたからだ。特に'90年代末以降に建てられた住宅の場合は信頼性が高い傾向にある。
JRや地下鉄など、電車に乗っているときに気をつけるべきことは何だろうか。
本誌のこれまでの「特集」では、死者107名を出したJR西日本福知山線事故の教訓から、できれば前方の車両を避けることや、車両内では戸袋近くの手すりに掴まるか座席に座って、突然の衝撃でも体を固定できる場所にいるのがよいことなどを取り上げてきた。続きを読んでください.
2012年2月1日水曜日
http://blogs.yahoo.co.jp/costarica0012/22367785.html
1:東電で核燃料の入れ替え作業をしていた木村俊雄さんの話し。彼は核燃料は今も生きている。4号機の燃料プールの耐震補強工事を急いで仕上げないと大変なことになるとの危機感。建家でなくプール本体の補強だ
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http://blogs.yahoo.co.jp/costarica0012/22376941.html
1:福島原発事故に関する包括まとめ
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2:15カ国40万人の原子力労働者の被爆の最近の最大規模の研究調査では、平均して僅か年2mSVでも癌発症率が増加、20mSV以下でも遺伝子損傷を発見
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3:小出先生プールが倒れた時に逃げる猶予時間『余震で4号機の核燃料プールが 倒れるかも…半日~1日で燃料溶け出し放射性物質飛び出す』
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4:西日本でもマスクは必須
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5:緊急避難に際しては、地震災害の場合に加え、次のような注意が必要になってきます。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120122ddm010040062000c.html?inb=yt
この国と原発:抜け出せない構図 政官業学結ぶ原子力マネー
◆電力業界の政治献金
◇経営陣は自民、労組は民主へ
経営陣は自民へ、労働組合側は民主へ。電力業界は労使双方が2大政党に資金を提供し続けてきた。原発を持つ電力9社やその子会社の経営陣らは09~10年に、個人献金の形で自民党側へ約8000万円を提供したとみられる。電力各社の労組と労組を母体とする政治団体計21団体が、09~10年に民主党の総支部や党所属国会議員へ提供した資金も少なくとも6876万円に上る。
電力9社は74年以降、「公益事業を行う企業にふさわしくない」として企業献金廃止を掲げる一方で、自民党を中心とする国会議員のパーティー券購入を続けてきた。さらに役員や幹部、OB、子会社役員が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に個人献金をしてきた。
電力会社の名簿と氏名が一致する個人献金を国民政治協会の政治資金収支報告書から拾うと、09年分約4500万円、10年分約3500万円に達する。同姓同名の別人分が交じっている可能性はあるものの、拾い上げた献金は会社の役職のランクに応じた定額になっており、そろって12月に行われるなど組織性をうかがわせる。
各社は「献金は個人の意思で行われた」と会社の関与を否定している。一方、自民党関係者によると、電力各社の対象者には、振り込みで献金するよう依頼してきたという。ただ、「必ずしも幹部全員に応じてもらっているわけではない」ともいう。
10年の東京電力の場合、勝俣恒久会長と清水正孝社長(当時)は30万円だった。役員は社外取締役・社外監査役を除く21人全員の氏名が収支報告書にあった。執行役員は5万円、本社の部長や子会社役員は3万円、本社の部長代理クラスや支社長の一部も1万円を献金していたとみられる。東電とその子会社で、名簿と氏名が一致する献金者は300人を超え、総額は約1000万円だった。
10年分を見ると、中部電力関係者が約500万円、四国電力関係者も約400万円の献金をしていたとみられる。
電力各社の労組とその上部団体である電力総連、労組を母体とする政治団体は、民主党国会議員や党総支部に献金したり、パーティー券を購入するなどした。総額は少なくとも09年に3591万円、10年3285万円。資金提供を受けた民主党国会議員は2年間で少なくとも30人に上る。
10年分でみると、電力総連の政治団体「電力総連政治活動委員会」が、東電労組出身の組織内議員、小林正夫参院議員(比例)の同年の選挙支援に計2650万円を拠出した。同政治活動委員会など電力総連関連の13政治団体が、民主党原子力政策・立地政策プロジェクトチーム座長だった川端達夫総務相関連の政治団体のパーティー券を166万円分購入。川端氏は電力総連と同じ旧民社系の東レ労組出身で、事務所は「長い付き合いで頼んだ」と説明した。
「中部電力労組政治連盟」は、岡田克也副総理のパーティー券を09年、10年ともに26万円分購入した。
電力総連の内田厚事務局長は「数万円のパーティー券購入で政策を左右できない。(議員側からの依頼を受け)応分の役割を果たした」と話している。
◆外郭39団体
◇補助金3600億円、天下り60人
原子力発電に関連する事業を実施している国と自治体の外郭団体39団体に対し、年間約3600億円の補助金などが支払われていることが毎日新聞のまとめで分かった。延べ60人の元官僚が団体の役員として天下っており、原子力関係予算の一部が「官」の内部で再配分されている実態が浮かぶ。
今回まとめたのは、39団体の09年度決算データ。うち28団体に国と自治体から拠出された補助金、交付金、委託料は合わせて約3669億円に達し、ほとんどは国からだった。国からの収入が最も多かったのは、「もんじゅ」を運営するなど多数の原子力関連研究を展開する日本原子力研究開発機構で、約2004億円。39団体には原子力関連事業が主要事業ではない団体なども含まれる。
国家公務員の天下りは20団体、60人に上り、経済産業省原子力安全・保安院や旧科学技術庁の出身者が、役員報酬のある団体の会長や理事に就いているケースが多かった。複数の団体の役員を「掛け持ち」している元官僚もいる。原子力安全委員会の元委員が役員に迎えられているケースもあった。
都道府県が所管する外郭団体の多くは、原子力発電の安全性を地元にアピールする広報事業を実施している。福島第1原発事故で警戒区域に指定されている福島県大熊町にある「福島県原子力広報協会」には、県と原発周辺の6市町から委託料として年間約1億円が支払われていたが、現在は休眠状態となっている。
◆関連研究へ巨額資金
◇大学の「依存」鮮明に
大学の原子力関連研究は、国や原子力関連企業から受け取る巨額の研究資金に強く依存している。毎日新聞の集計では、11国立大学の関連研究に対し、06~10年度の5年間に、少なくとも104億8764万円の資金が提供された。
ほとんどを占める受託研究で目立つのは、文部科学省からの資金提供が高額であることだ。高速増殖原型炉「もんじゅ」開発をはじめ、「軽水冷却スーパー高速炉に関する研究開発」(2億1781万円、東京大、09年度)▽「原子力システム高効率化に向けた高耐食性スーパーODS鋼の開発」(2億1244万円、京都大、同)--など億単位が目立ち、期間が数年にわたるケースもある。
一方、企業からの受託研究は、「放射性廃棄物地層処分等のための基盤技術の研究開発」(西松建設→東大、105万円、10年度)など、数十万円から数百万円規模がほとんど。「原発推進」の国策の下、毎年巨額が計上される原子力研究開発予算が、大学の研究を支えている構図がくっきりと浮かぶ。
共同研究の相手は日本原子力研究開発機構や、電力業界が設立した電力中央研究所などの研究機関が目立つ。
奨学寄付金の多くは1件あたり数十万円から100万円前後。受け取った寄付金は大学が管理するが、ほとんどは研究者個人あてで、使途にも制限がないことが多い。
東京工業大の有冨正憲教授は5年間に、使用済み核燃料の輸送などに使う容器「キャスク」の設計・製造会社「オー・シー・エル」などから1885万円の寄付を受け取った。学会出席の旅費や7人いる研究員の人件費、学生への学費援助などに使ったという。有冨氏は「共同研究費や受託研究費と違い、残金を翌年度に持ち越せるので、途切れることなく人件費や学費援助を支払えるのがメリット」と話す。
東工大出身の研究者は「研究者の評価は1年に何本の論文を出したかで決まる。いい論文を出すには、金をかけて実験をしなければいけない」と言う。
班目春樹・原子力安全委員長(東大教授)も委員長就任前、06~09年度の4年間で原子炉メーカーの三菱重工業から計400万円の寄付を受けている。
最も多く奨学寄付金を支出したのは、原子力関連企業を中心とした任意団体「関西原子力懇談会」(5155万円)。京大など関西の大学を中心に寄付した。同会によると、09年度以降は公募制で、研究者が提出した研究計画を選考して1件に年間50万円を支出したが、「協賛企業名や資金は明らかにできない」(広報担当者)という。
2位は三菱重工業の2957万円。大学に資金を提供する理由について、「研究成果が当社の技術開発につなげられる。また、我が国の原子力産業の技術力の向上につながると考えられる」(広報・IR部)と回答した。
しかし、国や企業から資金を提供してもらえるのは、原発推進の側に身を置いている研究者だけだ。原発批判の論客として知られる京大原子炉実験所の小出裕章、今中哲二の両助教には06~10年度、「原子力マネー」の提供はゼロ。両氏への唯一の外部資金は今中氏が10年度に広島市から受託した「広島原爆による黒い雨放射能に関する研究」(42万円)だった。
一方、大学の情報公開の問題点も浮かび上がった。今回の集計は情報公開請求で開示された資料に基づいたが、大学によって公開度にばらつきがある。特に九州大は、受託研究が全て非公開で、共同研究も受け取った金額を明らかにしない。寄付を受けた研究者名も示さず不透明さが際立つ。大阪大は契約の相手や研究テーマが黒塗りで判別不能の共同研究と受託研究が計2億8134万円に上る。東北大は10月に行った情報公開請求に対し、いまだに公開していない。
毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊
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